指定管理者制度の誤解を価値創造経営で超える。
むろん、非効率と思える公共ホールは山ほど見てきている。非効率の要因も、縁故採用の無能な職員、一日中何もしないで新聞ばかり読んでいる行政から派遣されている管理職員などなど、そのほとんどが人に係わる経済的な非効率である。それを承知の上で、角を矯めて牛を殺すような「作文」で全国一律に「民間の活力を活用しつつ、住民サービスの向上を図るとともに、経費の削減等を図る」と「行政指導」をするのはいかがなものか、と思うのである。第一、「民間の活力を活用」すれば、「住民サービスの向上」と「経費の削減」が実現できるかのような幻想や錯覚が、この「通知」を鉛筆ナメナメ書いた役人にはあると、私は信じて疑わない。果たして本当にそうだろうか。この「通知」から透けて見えてくるのは、小泉改革の「官から民へ」の掛け声よって様々な負担を民間に丸投げしてしまおうとする「行財政改革」という名の行政の負担軽減化の流れである。民間企業であるなら、サービスの向上と経費の削減ができる、というのは「妄言を吐く」のたぐいである。市場原理主義にしたがえば、もともと地域に文化施設は出来ないのである。しかし、地域には地域社会への社会的役割をもち、社会的必要に応え、それを実現する使命をもった社会的機関=公共文化施設は、憲法十三条の「幸福追求権」という基本的人権を実現する上で必要なのである。
確かに無定見な文化施設設置のラッシュはあったが、それらはもうすでに貸館を専らとするようになっており、これらの公共ホールには指定管理者制度はまさしく相応しい仕組みと私は思う。管理を専らしているからだ。
また、指定管理者制度の研究者でさえ「原則公募」と公言しているが、「通知」には「複数の申請者に事業計画を提出させること」が「望ましい」と書いてあるに過ぎない。さらに、2000年の「地方分権一括法」で、「通達」による行政指導は効力を持たないことが確認されている。単に自治体側が「通知」を、従来どおりに行政指導の効力を持った「通達」として誤認しているだけである。
指定管理者の現況では、「住民サービスの向上」と「経費の削減」は両立できない二項対立の目的となってしまっている。「住民サービスの向上」は完全に置き去りにされている。「経費の削減」だけが一人歩きしている。それでも足らずに、私の情報網に入ってきたかぎりでも、指定管理料を大幅に削減してどこも応募できない環境をつくり、「廃館」までも視野に入れている動きがすでに全国で三館進行している。私の知るかぎりであるから、そのような動きは水面下ではもっと多くあると見てよいだろう。「経費削減」だけを目的とするなら、そもそも公共文化施設を建設したことが間違っていたのだ。失政である。あるいは、「ホール建設ラッシュ」の時代に根拠もなく設置されて、現在では貸館専用になっている文化施設だけに適用すればよい、と私は思う。
指定管理者の現況では、「住民サービスの向上」と「経費の削減」は両立できない二項対立の目的となってしまっている。「住民サービスの向上」は完全に置き去りにされている。「経費の削減」だけが一人歩きしている。それでも足らずに、私の情報網に入ってきたかぎりでも、指定管理料を大幅に削減してどこも応募できない環境をつくり、「廃館」までも視野に入れている動きがすでに全国で三館進行している。私の知るかぎりであるから、そのような動きは水面下ではもっと多くあると見てよいだろう。「経費削減」だけを目的とするなら、そもそも公共文化施設を建設したことが間違っていたのだ。失政である。あるいは、「ホール建設ラッシュ」の時代に根拠もなく設置されて、現在では貸館専用になっている文化施設だけに適用すればよい、と私は思う。
指定管理者制度の現状はそれほど酷いものであるが、制度自体は悪いものではないと、私は思っている。事業運営に「やりっぱなし」がなくなり、「計画立案」⇒「実施」⇒「評価」の一定の流れを定着させる効果はあると思われる。そのことによって、「経営」という概念が公共文化施設に持ち込まれる効果もあるだろう。また、「評価」は第三者によるものが高い客観性をもっており、そこから高く評価されるように施設経営をすることが強く求められることになる。
そのことによって、指定管理者制度の施行を、第三者機関との連携・提携の「機会」創出と捉える積極的な経営思考をとることが必要となってくる。限られた経営資源を最大限に活用して新しい価値を創出する経営が求められることになってくる。ここでは取り上げないが、「劇場(事業)法」はこの先にあるといえよう。そして、劇場経営に携わる者は、そのような経営思考を求められる指定管理者制度を「機会」として捉え、厳しい経営環境下で新しい価値を創造することが求められるようになってくる。
また、2008年12月1日に施行された「公益法人制度改革関連三法案」、いわゆる公益法人改革もまた、公共文化施設を管理運営する当事者にとって「機会」と捉えるべきであろう。
現行の公益法人(財団)は、公益財団法人か一般財団法人かを、五ヵ年の移行期間に意思決定しなければならない。一般財団法人は準則主義によって登記によって設立できるが、公益財団法人は、そのうえで内閣総理大臣又は都道府県知事が、民間有識者により組織された合議制の機関の意見に基づき、一般財団法人の公益認定をするとともに、認定を受けた法人の監督を行うことになる。
公益財団法人と認定されれば、寄付金の税制優遇やみなし寄付金制度などの優遇措置が図られるが、そのことよりも職員一人ひとりが自らの事業や仕事の公益性を考える「機会」として、私はこの公益法人改革を考えたい。組織員の意識改革の絶好の「機会」であると思うのである。
むろん、公益財団法人と認定されることにより、指定管理者選定のアドバンテージとなることは、とりわけ基礎自治体の設置した公共文化施設にあっては制度的な合理性をもっている。しかし、職員一人ひとりが自らの施設での仕事が明確なミッションに貫かれ、社会的な要請に基づいているものであることを痛烈に意識されていなければ制度は空洞化してしまうだろう。教育、福祉、医療との連携による事業展開を自らのミッションと考えて、「社会機関としての公共文化施設」である存在証明をするのは、職員一人ひとりの意識であり、そこを起点とする仕事(task)の質であることは言を待たない。
そのことによって、指定管理者制度の施行を、第三者機関との連携・提携の「機会」創出と捉える積極的な経営思考をとることが必要となってくる。限られた経営資源を最大限に活用して新しい価値を創出する経営が求められることになってくる。ここでは取り上げないが、「劇場(事業)法」はこの先にあるといえよう。そして、劇場経営に携わる者は、そのような経営思考を求められる指定管理者制度を「機会」として捉え、厳しい経営環境下で新しい価値を創造することが求められるようになってくる。
また、2008年12月1日に施行された「公益法人制度改革関連三法案」、いわゆる公益法人改革もまた、公共文化施設を管理運営する当事者にとって「機会」と捉えるべきであろう。
現行の公益法人(財団)は、公益財団法人か一般財団法人かを、五ヵ年の移行期間に意思決定しなければならない。一般財団法人は準則主義によって登記によって設立できるが、公益財団法人は、そのうえで内閣総理大臣又は都道府県知事が、民間有識者により組織された合議制の機関の意見に基づき、一般財団法人の公益認定をするとともに、認定を受けた法人の監督を行うことになる。
公益財団法人と認定されれば、寄付金の税制優遇やみなし寄付金制度などの優遇措置が図られるが、そのことよりも職員一人ひとりが自らの事業や仕事の公益性を考える「機会」として、私はこの公益法人改革を考えたい。組織員の意識改革の絶好の「機会」であると思うのである。
むろん、公益財団法人と認定されることにより、指定管理者選定のアドバンテージとなることは、とりわけ基礎自治体の設置した公共文化施設にあっては制度的な合理性をもっている。しかし、職員一人ひとりが自らの施設での仕事が明確なミッションに貫かれ、社会的な要請に基づいているものであることを痛烈に意識されていなければ制度は空洞化してしまうだろう。教育、福祉、医療との連携による事業展開を自らのミッションと考えて、「社会機関としての公共文化施設」である存在証明をするのは、職員一人ひとりの意識であり、そこを起点とする仕事(task)の質であることは言を待たない。




