可児市文化創造センター(Kani public arts center ala)

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集客から創客へ☆回復の時代のアーツマーケティング

第四章 戦略的アーツマーケティングと顧客志向経営の実践-alaを事例として(3)

劇団青年劇場の土方与平氏からフランスの観客調査資料を見せていただいたことがある。フランスの文化コミュニケーション省がコメディ・フランセーズの観客調査をしたもので、その中に興味深いデータがあった。コメディ・フランセーズに1人で観に来る観客は全体の12%に過ぎない。次いで2人は50%、3、4人は22%、5人以上16%という数字が並んでいて、私が以前から感じていたことを、フランスのトレンドではあるが、かなり正確に裏付けてくれた。

顧客志向からの改革3(ビックコミュニケーションと生活提案型チケット)。

私がプロデュースして全国公演をした『おーい幾多郎』の米子公演のデータでは、1人での観劇はおよそ24%、複数での来場観客が69%(内訳 夫婦23%、家族15%、恋人1%、友人26%、同僚4%)という結果であった。日本でのこの種の調査はほとんど報告されていないが、フジテレビ営業局の行った調査にそれに類似したものがある。それによれば、趣味活動をする人たちは1人では28.8%、2人では47.1%、3人以上が24.1%となっている。可児市文化創造センターで2008年1月に行われたウィーン・フォルクスオーパーのニューイヤー・コンサートでの調査では、1人の来場が15%、複数人数は69%(4人以上9%)である。
私は40年以上劇場やコンサートに通い、年間多い年で430本観てきた経験から、1人で劇場やコンサートホールに来ている観客・聴衆は非常に少数ではないかと感じていた。それを裏付ける数字が上記のものである。
つまり、一人の顧客のうしろには数人の潜在客が控えているのだ。したがって、この潜在客を掘り起こすバズ・マーケティングやバイラル・マーケティングをどのように仕組むかが、観劇やコンサートのように嗜好性の強い、あるいは参加障壁の高いサービスにおいては重大な経営課題となると考えていた。
さらにニューイヤー・コンサートの際の別の調査結果では、鑑賞前後に食事やお茶を楽しむ習慣のある人が60%にも上った。これらのデータを根拠として「ビックコミュニケーション・チケット」を立ち上げた。これは潜在顧客の掘り起こしという経営課題に対応するチケッティング・システムである。
一緒に鑑賞する仲間や家族が4人目になるとすべてのチケットが10%OFF、6人目からは20%OFF、8人以上になると30%OFFという、当日ハーフプライスを除けばalaでの最大の割引率となる。また、複数客席をお客さまの望む指定の客席で押さえられるチケッティング・システムのため、顧客体験を共有して、経験価値を高めることを促すようにもなっている。従来からの「団体割引チケット」とは一線を画す目的をもっていることは言うまでもない。
ただ、このチケッティング・システムは、あくまでもバズ・スターターやバイラルの基点となる顧客の行動をサポートする目的でつくられていることを断わっておかなければならない。お客さまにセリングのエージェントとなってもらう仕組みではあるが、それ以前に、ロイヤルティの高い顧客創出のためにコミュニケーションを活発化する仕組みは全組織的に設計されなければならないだろう。バイラルの基点となるお客さまが、連れ立って来場した「同伴者」に感謝されるように演出する劇場環境の整備と職員意識の高度化は必須である。                                                   
さらに生活提案型チケットは、「ラブレター・チケット」、「アニバーサリー・チケット」、「ホットファミリー・チケット」の三種類を計画している。親しい人と音楽や演劇と食事やお茶や会話を楽しんでいただこうという、誰にでもある「特別な日」、「記念日」に向けた企画型のチケットだ。カードの見開きにメッセージの書けるカード型チケットで、片側にチケットをクリップしてプレゼント相手に「気持ち」を贈ることをコンセプトとしている。それを封入する封筒も「大切な人からのプレゼントです」と印刷された特製のものにする。このチケットも、芸術への心理的な障壁を、親密な人間関係で克服していただこうという企図を持ったものだ。

顧客志向からの改革4(いかに参加障壁をなくすか・チラシへの気配り)

芸術文化への心理的な障壁が、芸術文化への無理解の根幹にあることを私たちは知らなければならない。福祉と文化を天秤にかける暴挙にさらされたびわ湖ホール問題も大阪センチュリー交響楽団の補助金大幅カット問題も、根はここにあると言って良いだろう。文化は人々が安心して、幸せに暮らせる福祉社会を形成するために必要不可欠な一要素である。福祉社会をつくるための社会的必要(social needs)に裏打ちされた社会資本である。日本人の多くは「福祉」を弱者救済と誤解している。「福」も「祉」も‘さいわい’を意味する言葉で、社会的にも、個人的な意味でも幸福と繁栄を指す言葉である。そのような社会を実現するためにも芸術文化は重要な社会的役割を果たさなければならない。
したがって、人々の間に定着して、染み込んでいるアーツへの忌避感や無縁であるという感情、関わり合いを持つ糸口がないという障壁を取り除く仕事に、私たちは取りかからなければならない。芸術文化への心理的な障壁は、むしろ芸術文化の側がつくっていると私は考えている。したがって、この障壁をなくす努力を私たちはしなければならない。「分かる人間に分かってもらえばよい」というアートの側の姿勢は、芸術文化の社会的価値財化のためには、何の解決ももたらさない。
いま一度、フィリップ・コトラーのこの言葉を味わっていただきたい。

マーケティングは座席を満席にするための懸命な方法を考え出す技術ではない。マーケティングは本当の顧客価値を生み出す技術なのだ。「顧客」がもっと豊かになるのを助ける技術なのだ。

『Standing Room Only』でコトラーが次のように看破したことはすでに書いた。「実際には、非営利団体のかなりの数のマネージャーが、ある種の軽蔑を持って顧客を見ている」。意識はしていないのだろうが、芸術文化の側にある「エリート主義」は、たとえばチラシのデザインやキャッチコピーにも現れている。この障壁を取り除く努力をしないで公的支援を仰ぐのはいかがなものかと思う。公的援助は、芸術文化の社会的役割への筋道をつけることに対してもなされているのだと、私たちは意識しなければならない。
たとえば、クラシックのチラシを意識して観察すると、演奏者やソリストの顔写真が並べられているだけのものが非常に多い。その演奏会で聴衆にどのような「体験」をしてもらいたいのかのメッセージ性がまったくない。その顔写真の音楽家を知らない人にとっては何の意味を持たない紙切れに過ぎない。意味を持たないばかりか、来なくても良いというメッセージに私には見えてしまう。


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