どんな鳥だって想像力よりは高く飛べない。 寺山修司
マーケティングというと「営業」と勘違いする人が多くいます。フィリップ・コトラーは、セリングを「刈り入れ」、マーケティングを「種まき」と言っています。コトラーの先駆者であるピーター・ドラッカーは、究極のマーケティングはセリングを不要にすることである、と言い切ります。つまり、この二つは180度違う考え方であるのです。営業から思い付くのは「動員」や「集客」という言葉です。いわば掻き集めるという方法です。それもひとつの方策ではあると思うのですが、私が10数年前から提唱している「創客」と大きく違うのは、お客さまのモチベーションの違いです。舞台芸術はステージの上の演技や演奏の巧拙やその芸術的価値のみで完結するものではありません。観客や聴衆を一度経由してその価値が派生するものです。
館長エッセイ第13回『「売る」ことと「売れる環境をつくる」ことの違い』より
顧客志向からの改革1(インターネット・チケッティング)。
顧客志向にシフトして、最初に導入検討に着手したのが、インターネットで座席予約と決済、発券のできるASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)システムだ。管理職には、可児市とその商圏では、インターネットはさほど普及していないだろうという意見が多かった。しかし、可児市はCATV、光ファイバーも整備されており、ブロードバンドの世帯普及率も全国平均には及ばないものの30.6%と前回調査から1ポイント伸びており、導入後にチケット販売商圏となる可能性のある東海三県の数値は全国平均を2.3ポイント上回っている。インターネット普及率は42.9%と決して低いとはいえない。また、今後はリタイア世代が増加して、インターネットの利用者が増えこそはすれ、減ることはないのだから、将来を見据えれば導入には合理性がある。
本格導入のためのトライアルが、緒形拳の一人芝居『白野』に決まった。結果は39.8%がインターネットからの購入という高い比率を叩き出した。しかも19時から9時までの、インフォメーション・デスク(チケット売場)の開いていない時間外の販売率が51%にもなったのである。さらにほとんどのお客さまがコンビニ(セブンイレブン)での発券を選択していることも分かった。ウェブでのチケット購入者を分析すると30歳代と50歳代と二つの大きな山が出来た。興味深いデータであった。
シカゴ交響楽団のインターネット・チケッティングのデータがジョアン・シェフ・バーンステインの『芸術の売り方』に紹介されているが、売上全体の12.8%がウェブ購入であり、ボックス・オフィスの開いていない時間帯の購入が42%だったという。それと比較しても、トライアルではあるが、広報の不十分さを勘案すれば『白野』ではかなりの数値のアウトカムを得ることができたと言える。
時間外のアクセスが多かったことは、これまでインフォメーション・デスクの開いている時間内に購入不可だった新しい顧客の開発と利便性の飛躍的な向上を意味すると考えられる。また、多くのお客さまが市内に当時2軒しかなかったセブンイレブンでわざわざ発券していることを考えると、インターネットでウェブにアクセスして顧客登録をし、座席予約をして決済・発券をするという購買行動そのものを「経験価値」として楽しんでいたのではないかと推測できる。その購入客の行動様式から、インターネット・チケッティングが新たな「顧客価値」を作り出しているのではないかと推測できた。
団塊の世代と団塊ジュニアの世代に大きな山ができていることからもそのことが推察できる。これらの世代は、きわめて行動的であり、新しい体験に挑戦的でもあるからだ。つまり、インターネット・チケッティングの導入自体が新しい「顧客価値」をつくりだしたと私は考えた。これからはサンプル数が多くなってくる。『白野』では可児市とその周辺の商圏からのウェブ・チケット購入者比率が80%を超えた。それらのサンプルを多変量解析、クロス集計にかければ、可児市を中心にしたおよそ30万商圏の人々の舞台芸術の消費性向のおおよそが抽出ができるだろう。
また、alaが導入したインターネット・チケッティングのシステムは、希望する席をピンポイントで押さえることができる。希望する客席のブロックしか指定できないチケットぴあなどの従来のチケッティング・サービスと比較しても、欲しい席を自分で選択できるというメリットがある。前章で触れた「顧客主権」の尊重である。これも「顧客経験価値」を高めていると私は考えている。
チケット入手の方法と容易さこそが購入意思決定の中心であるという消費者たちもいる。また、熱心な購入者にとっても、チケットが入手しやすいことはプロセスに対する満足度を上げるのに重要である。(フィリップ・コトラー&ジョアン・シェフ・バーンスタイン『Standing Room Only』)
インターネット・チケッティング導入による可児市文化創造センターの今後の課題は、名古屋圏と岐阜圏という一時間程度でアクセスできる大きな商圏へのアプローチだ。可児市文化創造センターでは、名古屋圏や岐阜圏ではやっていない事業プログラムを組み始めている。である以上、その二大マーケットを視野に入れたマーケティングをしなければ、インターネット・チケッティングの「強み」をより生かしていないと評価されても致し方ないだろう。
顧客志向からの改革2(パッケージ・チケットとDAN-DANチケット)。
米国の地域劇場やコンサートホールの年間予約会員制(サブスクライバー制度)が、顧客のライフスタイルの変化によって多様なニーズに対応できず、会員数が激減して、制度自体が時代に対応できなくなっていることを、フィリップ・コトラーは『Standing Room Only』と『How the Arts Can Prosper Through Strategic Collaborations』において、政府や民間財団からの資金削減とともに危機感をもって報告している。ダニー・ニューマンの『予約会員獲得のすすめ‐奇跡をよぶ財政安定化マニュアル(Subscriber Now)』にあるように、年間予約会員制度は、芸術団体にとってはシーズン当初に多くのイニシャルコスト(初期資金)を手に出来るメリットがあり、観客・聴衆にとっては会員であったからこそ思わぬ良質の舞台に遭遇する機会を得たり、見続けることでの経験の蓄積が起こるなどのメリットがある。会員でなかったら決して出会うことはなかっただろう舞台を経験するという利得が顧客にもたらされるということは、特筆すべき「会員制度」の利点である。
この「利点」を日本の演劇鑑賞会や会員制を導入している能登演劇堂も大いに活用すべきと考えるが、現実は、タレントや有名俳優の出演している作品を選定して一時的な会員増を狙ったり、住民による企画選定委員会のようなものを設けて同じく有名人志向に傾斜しているのが現状である。「会員制度」と「顧客の経験価値」の科学的なマッチングに無自覚なのである。会員増を企図する有名人志向の作品選定は短期の「瞬間最大風速」しかもたらさないことを知るべきである。良質の「経験価値」こそが演劇をライフスタイルに組み込むモチベーションになる。演劇の真の見巧者の育成こそが会員の定着を促進するのは自明であるのに、目先の会員増だけを追いかけているマネジメントは、稚拙としか言いようがない。閑話休題。




