ここでいう「政策」とは、言うまでもなく福祉政策・教育政策・コミュニティ政策であり、さらには経済政策、産業政策、雇用政策などの拠点施設としての劇場・ホールや美術館でなければならない。したがって、市民や地元企業も、その政策目的を達成するために協働すべきであると考えるのである。もっと強調して、北海道文化振興条例の「前文」にあるように「責務」と言っても良いだろう。地域社会の健全化は、ひとり行政のみが負うものではない。地域社会の健全化という、すべての市民、すべての地域企業に利得のある公共的な目的は、すべてのセクターの協働で行われるべき施策である。逆に言えば、「公共」は行政の独占物ではない。したがって、公益法人制度改革三法の「寄付税制改革」は、日本における「公共的意識」の重要なターニング・ポイントになる可能性を秘めている。前述の政策は、「市民的公共性」によって担保されなければ実効性は疑わしいものとなる。
その一方で、企業メセナも、社会的責任経営(Corporate Social Responsibility)としてのメセナから、社会貢献型マーケティング(Cause Related Marketing)としての公共的な劇場・ホールとの協働にシフトしていくことが必要となってくるだろう。「社会貢献の一環として」、「地域文化振興のため」ではあまりに抽象的に過ぎないか。企業側の戦略目標と乖離しすぎてはいないか。企業にとっては、社員の生活水準や生活安全性や福祉の向上のために地域社会に貢献する、というスキームが必要になってくる。可児市文化創造センターは地元企業に、自社の福利厚生施設として劇場を位置づけてもらえるように働きかけている。このスキームでは、自己利益をまず考えるべきで、そこからでないと支援は従来のままの「おつきあい」の範囲にとどまってしまう。コラボレートするセクター相互の経営戦略に、ともにコミットした取り組みとしての企業メセナが今後必要とされると私は思う。経営戦略と乖離した企業メセナでは、持続継続性が疑わしい。自社の広義のマーケティング戦略における長期的利得をしっかりと強調した企業メセナであるべきなのではないか。
可児市文化創造センターでは、地元企業が、子ども達の教育的・文化的環境整備やコミュニティ(地域社会のみならず家族や職場も含めて)の健全化のために劇場を活用する「アーラビジネス倶楽部」を組織しようとしている。鑑賞チケットを劇場が仲立ちして企業から子供たちへプレゼントし、子供たちはアーラの絵葉書で企業の担当者にサンキューメールを送る「私のあしながおじさんチケット」や、教育機関、福祉施設、医療施設にアウトリーチする地域拠点契約の活動を支援してもらう計画である。可児市文化創造センターという劇場は、いわば提供される資金を公共的なコミュニティ・サービスに変換する「装置」であると考えている。
企業メセナとブランド創造。
フィリップ・コトラーは1996年に発表した『How the Arts Can Prosper Through Strategic Collaborations』で次のように述べている。「創造都市」にも関連する考え方である。
企業は支援と引き換えに、自社の戦略目標に有利な見返りを得られると心得ている。芸術を支援する企業はよき市民であることを対外的に示せると同時に、イメージ・アップにつながる。地元の生活の質的な向上に貢献し、顧客や社員に善意の輪を広げる効果もある。しかも文化的なコミュニティが育まれれば、雇用や採用にも好影響が生じるばかりか、教育水準が高く優秀な人材の定着にも有利だ。(略)芸術の後援にはこのような多面的な効果が期待できるため、芸術団体とのコラボレーションをフィランソロピーではなく、マーケティング予算に組み込む企業も少なくない。
企業メセナの成果としての「社会貢献の一環として」、「地域社会の芸術文化振興のため」は確かに企業サイドのブランディングに一定程度は寄与していると思われる。ならば、もう一歩踏み込んで、戦略的コラボレーションと互恵的マーケティングの一環としてメセナ活動を設計できないだろうか、と思うのだ。
あわせて、劇場・ホール、芸術団体も、企業との連携を、資金や人材の提供をしてもらうという捉え方から、企業のブランド力(社会的信頼)を活用して、お互いの戦略目標を達成するようにゴールを設定し、協働するかたちにシフトすべきだと思う。そのような横型のパートナーシップを形成できないだろうか。協働する企業とのコラボレーションによって「新しい価値=ブランド」をつくる設計が企業メセナにおける今後の課題ではないかと思う。
就任してすぐに彼のやった仕事は、音楽祭自体のビジョンとアイデンティティを創ることであり、そのために音楽祭のプログラムでの現代音楽の比重を一気に高めることだった。それとあわせてスイスを代表する世界的企業にコラボレーションを申し入れた。それも実に戦略的な支援要請である。「スポンサーすべてが現代音楽をサポートしてくれるわけではありませんが、たとえばロシュの場合、革新的な新薬を開発する製薬会社であり、その考え方が、われわれの革新的な試みとマッチした」という具合である。
ほかにクラウディオ・アバドを中心に再興されたルツェルン祝祭管弦楽団には世界的食品産業ネスレが支援をし、若手音楽家の顕彰と事業の後援にはクレディ・スイス銀行がメセナしている。この見事なマッチングには驚かされる。企業の経営戦略とプログラムが鮮やかにコミットしているのである。「単なる資金の提供者ではなく、企業の戦略とどう共振させていくかが重要なのです」。ミヒャエル・ヘフリガーの言葉である。あわせて「(熱狂的な聴衆の)期待に応えなければならない。同時にスポンサーの企業イメージの向上にも役立たなければならない。そのためには、やはり芸術的なレベルを最高なものにしなければなりません」と話の穂を継いだ。
当たり前のことを当たり前に言っているのだが、見事な捌き方である。ルツェルン音楽祭は、世界的企業と提携することとプログラムのおもしろさと革新性が相まって、世界的な音楽祭としてのブランディングに成功した。まさに企業とフェスティバル側(芸術団体)が相互にコミットすることでWIN-WINの成果をアウトプットした好事例である。




