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集客から創客へ☆回復の時代のアーツマーケティング

第三章 経験価値マーケティングとブランディング(4)

 社会が成熟化した結果、さまざまな矛盾が噴出している。改正派遣法の施行によって非正規雇用者が増大して、急速に進行した格差社会とそこからくる社会の劣化は目を覆うほどである。ライブドア問題、給食費の未納問題、食品偽装などに代表される経済道徳観・社会倫理感の欠如、動機不明の殺傷事件のほとんど日常的な発生など、私たちの周囲の変化は将来の社会不安をいやがうえにも煽っている。グローバル経済化や米国発の金融危機による円高、株安、資源高の進行、実質的増税、社会保険料の値上げ、医療費の増加による国民負担率の増大と反比例する国民所得の九年連続の減少、スタグフレーション化している家計経済環境。つい10年前までは21世紀は「希望の世紀」と思われていたが、大多数の人々にとってはまさに「受難の世紀」になろうとしている。

回復の時代のアーツマーケティング / 創客へのリバレッジ。

一方では、地方自治体の財政困難ばかりか、日本の国家財政もすでに先進国の中でかつて財政状態が悪いことの代名詞だったイタリアをいつの間にか抜いて最悪のシナリオにある。にもかかわらず、社会的指導者の危機意識の欠如と目線の高さには失望感さえ覚える。
 前回の栗東市さきら問題のみならず、文化関係者のあいだの話題を独占した感のあったびわ湖ホール問題にも社会的指導者の意識と認識の劣化を感ぜずにはいられない。滋賀県議会の最大会派湖翔クラブが、新年度一般会計予算案を「福祉が不十分で承認できない」として、一部修正する案を3月下旬の予算特別委員会に提出する構えを見せたという。修正案は、県が削減した乳幼児などの福祉医療費約4億円を復活増額して前年度と同水準に引き上げ、その財源として、びわ湖ホール(大津市)を約半年間休館し、その間に民間会社も含めた管理者を公募して自主運営費を削減することを検討している、という記事を見て心底から呆れてしまった。
 すでに翌年度事業の契約等は済んでおり、違約金の発生など必ずしも予算の削減に直結しないのは言うまでもない。その不見識さには呆れるばかりである。また、指定管理料の削減も、新たな管理者を公募することも契約違反であるが、ここでは詳述しない。
だが、「何らかの社会的・福祉的課題や教育施策を実現するための<政策手段>」という視座に立てば、文化と福祉を秤にかける政党の発想自体に貧しさと劣化を感じる。むろん、これまでの事業運営でびわ湖ホールが、社会的存在理由を確立する活動と努力を全うしてきたのかはきちんと検証する必要はあるが、この問題の当事者たちは、社会政策をはじめとする公共政策を進める上での重要なグローバル・キーワードとなっている「ソーシャル・インクルージョン(social inclusion)」という、欧州各国が推し進めている社会政策のことを承知しているのだろうか。
たとえばEUは2004年6月18日に採択された欧州憲法草案において、ソーシャル・インクルージョンを社会政策の基本理念として規定している。また、日本においても2000年12月に発行された厚生省社会・擁護局による「社会的な擁護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」の報告書においても、新たな福祉課題に対応するための方法を導く理念としてソーシャル・インクルージョンがあげられている。これは、劇場・ホールや芸術団体に適用すれば、後述するコーズ・リレイテッド・マーケティングを導き出し、ブランド形成に大きな役割を果たす根拠となる報告である。公共文化施設の社会的存立基盤を確固とするばかりか、多くの支持者と観客を創出することにも直結する。

ソーシャル・インクルージョンと文化芸術(Marketing through the arts)。

とりわけ英国におけるソーシャル・インクルージョン政策は、ブレア政権下の97年12月に、労働党内閣の中に「ソーシャル・インクルージョン・ユニット」を設置して重点政策に位置づけられ、その具体的施策のひとつとして、文化芸術が構造的に持っている社会への強い影響力、コミュニティの健全形成に対する強力な推進力に着目して、英国芸術評議会を経由したコミュニティ政策として展開されることになる。
障害を持っている人、高齢者や子ども、失業や貧困などの問題を抱える人、国籍の違いによる差別、セクシャル・マイノリティの人たちなど、社会から排除や差別や社会的被害の対象とされやすい人々や孤立している人々に対して、英国では、劇場・ホール、美術館などの文化施設のエデュケーション・プロラムを通して、他者との交流の機会を社会政策として提供している。そのプログラムが孤立しがちな人々の社会的なつながりを回復に向かわせているのだ。
それぞれの属性や個性を損なうことなく、違いのある他者と共生して、社会の一構成員として支えあう社会づくりに参加する契機に深く文化芸術が関わっているのである。その施策を推進するために英国芸術評議会は、文化施設にエデュケーション部門、あるいはアーツ・デベロップ部門の設置を要件として双務契約的な意味で国営宝くじの資金を助成金として給付している。これは、序章と第一章で触れた「鑑賞者開発」と表裏とも、一体とも言える社会政策(コミュニティ政策)である。

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