ひるがえって日本では、「誰のための公共劇場・公共ホールなのか」という問いに対して、明快に答えられる施設がいくつあるだろうか。公共によって建設された劇場・ホールの運営には、建設費のおよそ5?6%の予算がかかると言われている。そのおよそ80%が、委託費を含めた維持管理費である。しかし、昨今の指定管理者制度によって、維持管理さえおぼつかない予算しか手当てされていない施設が多くなってきている。
憂うべきことであるが、ホール建設を「政策手段」の設置ではなく、「政策目的」としていたのが実態なのだから、大方の自治体の掲げていた「文化政策」とやらの正体が現れたというだけである。建設だけが政策目的であったということだ。ホール建設という大型公共事業をすること自体が政策目的であった場合がほとんどなのだから、栗東市の「さきら」のように、開館して七年目に指定管理者を民間のビルメンテナンス業者に年間およそ2億8百万円で丸投げをして、しかも毎年5億円の建設に関わる公債費を償還しているという理不尽な事態が起きるのである。ならば、建設費の98億円とも101億円とも言われる金額は何なのだったのか。まさしく建てることだけが目的であったとしか思えない。次回の指定管理者の切り替え時に栗東市は、「さきら」の廃館も視野に入れているという中央の文化機関から情報もある。明らかに「行政の失敗」にほかならない。劇場・ホールの社会的存立理由に何らの関心もなく建設してしまった「ツケ」を住民は払わされているのである。
憂うべきことであるが、ホール建設を「政策手段」の設置ではなく、「政策目的」としていたのが実態なのだから、大方の自治体の掲げていた「文化政策」とやらの正体が現れたというだけである。建設だけが政策目的であったということだ。ホール建設という大型公共事業をすること自体が政策目的であった場合がほとんどなのだから、栗東市の「さきら」のように、開館して七年目に指定管理者を民間のビルメンテナンス業者に年間およそ2億8百万円で丸投げをして、しかも毎年5億円の建設に関わる公債費を償還しているという理不尽な事態が起きるのである。ならば、建設費の98億円とも101億円とも言われる金額は何なのだったのか。まさしく建てることだけが目的であったとしか思えない。次回の指定管理者の切り替え時に栗東市は、「さきら」の廃館も視野に入れているという中央の文化機関から情報もある。明らかに「行政の失敗」にほかならない。劇場・ホールの社会的存立理由に何らの関心もなく建設してしまった「ツケ」を住民は払わされているのである。
憲法第十三条の「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」という条文は、国民の幸福追求権を規定しており、公共文化施設は、文化芸術振興基本法の第二条第3項にある「文化芸術を創造し、享受することが人々の生まれながらの権利」であることを前提として、この幸福追求権を形成するインフラストラクチャーと位置づけられる。むろん、先述した欧州各国のソーシャル・インクルージョン政策の吟味を待つまでもなく、芸術文化は社会福祉政策上も重要、かつ有効な社会的ツールとなるのは言うまでもない。




