私が10年ほど前から提唱している「創客」というサービス業におけるマーケティング概念は、顧客との関係づくりによる「顧客維持」と、双方向のコミュニケーションによって起こる「顧客進化」のプロセスを内包し、それを強く意識して企図するマネジメントの仕組みである。「顧客維持」と「顧客進化」は、劇場内で起こる舞台と客席とのコミュニケーションをも含めた、顧客とのコミュニケーションの集積の結果として、顧客と劇場・ホール、芸術団体との信頼関係と、それに基づくコミュニティ形成(地域社会から家族までのあらゆるコミュニティ概念)というマネジメント成果としてアウトカムする。
通常、私たち舞台芸術関係者は、「動員」とか「集客」という言葉を日常的に使用するが、これらには「掻き集める」というマス・マーケティングのニュアンスが色濃くあり、また何よりも舞台芸術の狭隘な市場との整合性に著しく欠ける、と私は考えている。
顧客の嗜好は概して移ろいやすいものである。したがって、マーケッターは、顧客のライフスタイル形成に深く関わって、継続的に劇場・ホールに足を運ぶ強いモチベーションを顧客のうちに構築しなければならない。そのためにはあらゆる手段を駆使して創客の仕組みを設計し、顧客の経験価値を高度化する「演出」を駆使しなければならない。あるいはコーズ・リレイテッド・マーケティング(CRM 社会貢献型マーケティング)を計画的に展開させて劇場・ホールや芸術団体の社会的価値を高めなければならない。
創客の思想へ。
「創客」の概念は、観客数を増加させるという単一の目的にとどまらないマーケティングの考え方である。劇場・ホールや芸術団体の利害関係者(ステークホルダー)すべてに働きかけるマーケティング、とその意味するところを広義に捉えなければならない。そして、ステークホルダー・マーケティングによる地域社会とのよき関係づくりは、長期的には活動存続の基盤を堅固にする。このマーケティングの考え方が、指定管理者としての強固な基盤形成に直結するのは言を待たない。劇場・ホールや芸術団体が対象とするステークホルダー市場は、顧客市場(Customer Markets)はむろんのこと、世論市場(Influence Markets)、地域社会市場(Community Markets)、採用市場(Recruitment Markets)、仕入れ・調達等の業者市場(Supplier Markets)、委託市場(Referral Markets)、組織の内部市場(Internal Markets)のおよそ7つの市場に分類される。これらの各々の市場との良好な関係づくりをミッションとするということは、「創客」がブランディンク・プロセスをも内包していることを意味する。ここに至って、「創客」とは、「集客」や「動員」とまったく異なるフェイズにあるマネジメントであり、マーケティングであることが理解されるだろう。一部の芸術愛好者を対象にする仕事から、エリアのすべての人々を視野に入れて、すべての人々に必要とされる社会的認知を得ることをミッションとするマーケティングの概念なのである。
したがって、ここでいう「顧客」とは、劇場に来る観客とはイコールではない。劇場・ホールや芸術団体の取引業者や、そこに所属する職員にまでマーケティングの範囲は拡がる。販売はマーケティングの一部に過ぎないことをまず認めるところから、私たちの「創客」へのアプローチは始めなければならない。
ブランディング― 外部からの評価をマネジメントする。
「バカモノ、ワカモノ、ヨソモノ」。これは、私がまちの活性化を図る上で必須な要素として挙げるフレーズだ。ここでブランティングに重要な役割を演じるのは「ヨソモノ」である。すなわち外部の目からの評価である。これがなくてはブランディングが成功しない。「バカモノとワカモノ」の独りよがりに終わってしまう。「ヨソモノ」が必要ということは、域内ではない第三者、あるいは機関が何らかのかたちで関わるプロジェクト設計や事業計画をしなければならないということだ。地方自治法の244条を回避するかたちで公共ホールとしては稀有な「鑑賞会員制」を敷いて複数回数の公演を成功させた能登演劇堂と、24時間365日利用可能の、市民ディレクターによる事業運営の金沢市民芸術村のプランディングを企図したときは、私が多くのメディアで書きまくり、喋り捲ることで短期間にブランド化を成功させることができた。この際の「ヨソモノ」は、まさしく物書きとしての私であった。これは私自身が、私の関心をマネジメントした例である。しかし、そのような例はきわめて稀であり、多くの場合は、経営陣が経営管理型の戦略的ブランディング設計をしなければならない。
これはきわめて細やかな神経を使う仕事(task)であり、成果の上がりにくい作業(operation)であり、かなりタフなマネジメントである。後述するが、企業や政府自治体とのコラボレーションを成功させるのにも、第三者の評価が反映されたブランド活用による成果が必要となる。また、高いブランド力を持つ域内の他の公共文化施設とのコラボレーションを成立させたり、芸術団体にとってはブランド力のある劇場・ホールで公演することもまた、「第三者的な評価」に関わることであり、ブランディングに寄与するマネジメントである。
ブランド力は社会的信頼という無形資産(関係資産)である。その意味では、多種多様な顧客とのコミュニケーション様式のひとつであると考えられる。この構築は、経営戦略においては最重要課題となる。それは、顧客が感じる商品やサービスの不確実性を減少させるのにブランド力が大きな力を発揮するからだ。前述したように、舞台芸術は無形性の商品であり品質を判断することが難しい(認識の困難性)ので、ブランドが重要な役割を果たす場合があるのだ。
今田高俊は『モダンの脱構築』で「習熟した消費者は企業に先行してはいるが、消費者自身、自分が見えていない状況のもとで、自分の生活観を確立しようとしているという前提があります。つまり企業の側からすれば消費者に先行されているにもかかわらず、消費者自体が確たるライフスタイルを描ききっておらず、追いつこうにもどう動けばよいのか指針を見いだせないでいます。それが企業が消費者から置き去りにされているということでもあるのですが、このままでは手の打ちようがないというのが実態です」と述べている。
そのようにあてどなく浮遊していると同時に、前述したように時間の希少性と有り余る選択肢を提示されている今日の消費者を相手にビジネスをする以上、ブランド戦略がきわめて重要であるのは言うまでもないことである。




