一時期、顧客満足(Customer Satisfaction)ということが盛んに言われていたことがある。顧客満足度調査を実施して製品やサービスの改善の糸口にしようという試みも頻繁に行われていた。
だが、90年代半ばを過ぎると、ドン・ペパーズとマーサ・ロジャーズの『The One to One Future』(1993年)によって広く知られるようになったワン・トゥ・ワン・マーケティングの考え方により、顧客をマスで捉えての「顧客満足」という最大公約数的な、いわば生産者の視点から見た顧客満足度を計測すること自体ばかりか、個人の顧客満足度ではなく市場満足度という考え方も抽象的な指数値でしかないという認識が広まった。それによって製品やサービスの改善を重ねても、それは生産者側の自己満足に過ぎず、今日のように多様化した顧客ニーズを決して反映しないものとして考えられるようになった。また、顧客満足度は期待度分の達成度であり、多様な顧客のニーズを考え合わせると信頼性に欠けると言われるようになる。
顧客満足(CS)から顧客感動(CD)へ、そして顧客共感(CS)に。
私たちマネジメントやマーケティングに携わる者は、顧客を満足させたと推定できるだけで自己撞着的に充足してはいけない。共感していただき、サプライズをともなった感動をしていただき、私たちの団体や劇場・ホールに目が離せないほど夢中になっていただき、最終的には「身内意識」を持っていただかなければならない。
「顧客満足」というのは、顧客が意識できているデマンドを満たすことを意味している。それに対して、次いで多くの企業が志向した顧客感動(Customer Delight)という考え方は、いわば「驚き」をともなう心の動きであり、顧客に意識されていない潜在的ニーズに対しても強く働きかけるサービスや製品を目指すことである。
デマンド(demand)は個的には意識できている「欲求」であり、社会的には顕在化している「需要」である。ウォンツ(wants)に近似した心の動きである。一方、ニーズ(needs)というのは「潜在的な欲求」であり、また「社会的必要」とも言える。「ニーズ=需要」という従来からの訳語は正確な意味を映していない。
梅沢信嘉の『消費者ニーズの法則』によれば、ニーズの定義は「満足を得るために行動を駆り立てる人間の動因機能および状態である」とある。また、潜在的ニーズとは「未充足なニーズであるが、充足する商品の存在を認知していない、または自分が未充足であることを認知していない状態」とあり、それが満たされた場合に驚きをともなった心の動きとなり、「感動」という心的状態が現出する。
とりわけ潜在的ニーズが充たされたときの、この「驚き」に私たちは着目すべきであると思う。言葉を換えれば、パインとギルモアが『経験経済』のなかで言及している「意外性」である。この「驚き」や「意外性」を演出するのが芸術団体や劇場・ホールの経営側の仕事である。「驚き」や「意外性」を演出するためには、社会全体の感性的なメガトレンドが何処にあるのか、その社会の中で個的な部分で潜在化している欲求は何なのか、不満は何なのか、怒りは何なのか、何を希求しているのか、そのあり方はどのようなストレスを人々にもたらしているのか、などの認識が組織全体で共有されていなければならない。そうすることで「シーズン・テーマ」や「組織のアイデンティティ」の輪郭がおのずと浮かび上がってくる。必然的に舞台の色合いや彩りも決まってくるだろう。
しかし、「驚き」や「意外性」を演出するだけだと、顧客の立場にたてばそれは「働きかけられた結果」であり、受動的な消費の姿勢からは一歩も出ていない。大切なのはコミュニケーションによる価値の創造なのだ。舞台芸術の特性と強みを活かさなければいけない。舞台芸術の鑑賞行為の場合、観客や聴衆は「みずから働きかけた結果」としての共感と共創という達成感に至ることはすでに述べた。つまりは、顧客共感(Customer Sympathy)であり、さらに言えば積極的に協働して次々と新たな価値に至るという意味で顧客価値生成(Customer Co-becoming)とも表現できるだろう。舞台芸術の顧客はきわめて能動的な消費行為の主体であることを強く認識しなければならない。
ここに至って、舞台芸術は、ブランディングへの確固とした基盤を手に入れることができ、ブランド構築への戦略の必要条件を充たすことになる。すでにブランドを確立している集団・団体は、そのブランドの一層の強化を推し進めることができるだろう。




