顧客価値と鑑賞環境の相関性。
慶応義塾大学の桑原武夫氏によれば、ホルブルックの先行研究として、いまから50年以上前に経済学者のアボットは次のように「経験価値」について看破しているという。「人々が本当にほしいと思っているのは、プロダクトではなく、満足のゆく経験なのである。(中略)人々がプロダクトを欲するのは、実は、そうしたプロダクトに生み出してほしいと考えているような経験をもたらすサービスを望んでいるのである」。顧客は製品やサービスを購入しているのではなく、それらがもたらすだろう「経験というベネフィット」を買っている、と言うのである。セオドア・レビットは「会社がつくるものと、顧客が買うものを見事に取り違えて失敗した」アイスクリーム・メーカーを例示して、消費者は製品やサービスの問題解決機能や役割というベネフィットを購入している、と『サービス・マニュファクチャリング』で述べている。
芸術団体や劇場・ホールが何を売っているか、私たちはそこを見誤らないことが重要である。私たちは、顧客の抱える問題の解決を促したり、選好的デマンドや潜在的なニーズの充足のためのツールを提供しているのだ。芸術だけを売っているわけではない。レビットのひそみに倣えば、芸術団体や劇場・ホールが創っている、あるいは提供しているものと、顧客が潜在的なニーズを含めて購入しようとしているものを取り違えると、顧客の足は劇場・ホールから遠ざかってしまう。アーチストなら許せる勘違いでも、マネジメントやマーケティングに従事する者には踏み外せない考え方がある。顧客に対して何をもってマーケティングをするのかを明確に認識しなければならない。
可児市文化創造センターでは、Dan-Danチケット(当日ハーフプライスを含む)というシステムを採用している。公演二週間前になるとインターネット・チケッティングに限って15%OFF、公演当日の0時から開演までは50%OFFのハーフプライス、と段々と割引率の上がる仕組みになっている。
これは、装置型産業の劇場にあっては、売れ残った座席は開演と同時に絶対的損失になる。そのことを回避しようとするシステムであり、その座席から少しでも収入を上げようとする経済的側面があることは否定できない。また、ある程度高い価格でも必ず購入する価格弾力性のない顧客に対して、廉価なら是非観てみたい、聴いてみたいという価格弾力性のある顧客を劇場にいざなうための仕組みでもある。
しかし、私の真の狙いは、より良い「経験」をコア・プロダクトで実現することを強く意識している顧客志向からの発想である。つまり、空席の目立つ劇場・ホールでの「経験」より、満席に近い状態の鑑賞環境での「経験」の方がはるかに素晴らしいことを根拠にしているチケッティング・システムである。コア・プロダクトでの経験を高度化することで、その後のお客さまの多様な経験に好結果をもたらすだろうことは想像に難くない。良い体験を共有すれば、鑑賞後の会話は弾むだろうし、食事は楽しいだろうし、家族の会話の核になる話題も提供できるだろう。可児市文化創造センターは、「顧客価値」の高度化に重点をおいたマネジメント・ポリシーを持っており、それをチケットのシステム設計にダウンロードしたのがこの仕組みと言える。




