「顧客価値」と劇場職員の演出の仕事。
モリス・B・ホルブルック(コロンビア大学ビジネススクール教授)の定義した「Consumer Value」(顧客価値)はどこで生まれるものなのか。製品やサービスそのものに価値が存在する、という考え方はある。舞台芸術でいうなら、演技や演奏などのパフォーマンスそれ自体に顧客価値がある、という考え方である。むろんパフォーマンスに固有の価値がないと言うつもりはない。が、しかし、マネジメントやマーケティングの視点に立った場合、顧客の存在を無視してサービスや製品の価値は考えられない。芸術的価値が絶対的な価値として作品そのものに存在するとは、私には到底思えない。(芸術学的にも、デカルトやカントの例を引くまでもなく表現内容の存在は観賞者の認識に依存する、と言われている)。芸術表現の価値が作品の中にとどまるものでなく、鑑賞者の認識や経験などの個人史を経由してはじめて価値を持つように、アーツマーケティングでいう「顧客価値」は、前述したように、舞台の表現というパフォーマンスと顧客の鑑賞というパフォーマンスとのあいだに起きる「出来事」=「共感」と「共創」という協働(コボレーション)の結果であり、それをはじめとする劇場体験に関連するすべての消費行動のなかで生成されるのだ。舞台芸術の「顧客価値」とは相互関係性において成立する経済概念である。
顧客の立場にたてば、鑑賞前のティータイムも鑑賞後のアフターディナーも、あるいは劇場へのアクセス条件、チケット購入に関わる経済的、時間的、労力的なコスト、一緒に鑑賞した友人や家族、恋人との語らいも「顧客価値」の品質に影響を与える。
私はよく職員に、お客さまがチラシを手にとって(「これは何だろう?」というような認識的反応)、その詳細を確かめようと裏返して(評価的な「それで?」という反応)、ボディコピーを読んだ時点からサービスは始まって、その顧客経験価値の品質が問われており、舞台の幕が下りて帰宅するまでの、さらには帰宅した後に生じるコミュニケーションまでが私たちが関わっているサービスである、と言っている。チラシのコンセプトデザイン、キャッチコピー、ボディコピーのみならず、さまざまな局面に効果的な演出をほどこすことが事業担当者やマーケッターの仕事(task)である。
そのミッションを遂行するためには想像力と創造力がマネージャーとマーケッターの資質の必須の条件となる。顧客の身になって考え、事業の仕組みを設計し、実践する能力が求められるのである。飛行機の乗客が機内からステップに一歩足を踏み出したところで航空会社のサービスが終わるのではないのと同様に、幕が上がったときから私たちのサービスが始まり、幕が下りると同時にサービスが完了するのではない。




