狭隘なマーケットでは顧客のライフスタイルに関わる姿勢が求められる。
オレゴン・シェイクスピア・フェスティバル(OSF)にしても、ストラットフォード・フェスティバル(SFC)にしても、これらの劇場は、訪れる人々がみずからその地での生活の仕方を創造できる環境を提供している。「新しい時代の接客態度には、より普遍的な新しい原理が必要である。人々は他人に決められるよりも自分で決定すること、そして今意識している欲求を大切にしている」(近藤隆雄『サービス・マーケティング』)のである。
顧客の自律性を尊重しながら、どのような経験を演出できるかが、そして「受取価値」をいかにして最大化するかが、今日的に求められている劇場サービスのあり方である。むろんコア・プロダクト(中核製品)である舞台芸術の成果が重要なのは言うまでもないことだが、その品質が高いのは顧客にとっては当然のサービスである。顧客が求めているのは付加価値である。その付加価値によって、顧客のロイヤルティはさらに高度化すると考えてよいだろう。私たちは「産業とは製品を製造するプロセスではなく、顧客に満足をもたらすプロセスである、という考え方を理解することは、すべてのビジネスマンにとってとても重要なことである」というセオドア・レビットの言葉を真摯に受け止めなければならない。
これからの劇場サービスは、中心となるコア・サービスに加えて、顧客の期待するサービスや環境を期待製品(Expected Product)、その他の期待を超えて派生する体験を拡張製品、もしくは付加製品(Augmented Product)というサブ・サービスの数を増やしていく方向のマーケティング・デザインが求められるだろう。人々の余暇時間が希少性を帯びてくるにしたがって時間の重要度は増してくる。今後の芸術鑑賞は「時間消費」という性格を色濃く帯びてくるだろう。人々は一ヶ所でより深い感動体験や歓びや感銘や共感などの多様な感情を体験することに魅力を感じるだろう。
サービスの広範化は、あわせて人々の価値観の多様化によって必然的に発現したサービス活動のあり方とも言えるのではないか。工業製品は価値観の多様化とともに多品種少量生産へと経営方針の転換が生じたが、舞台芸術サービスはそれ自体が顧客の多様な価値観によって受け止められるコミュニケーション・サービスであり、サービスのカスタマイズ化は、限定的ではあるが、先験的・構造的に実現している分野ではある。
が、ここで言うサービスの広範化とは、舞台芸術がコミュニケーション・サービスであるところから発した構造的な広範化ではなく、付加された価値自体が中核的なサービスである舞台芸術の品質にまで影響を与えるサブ・サービスのことである。多様な価値観に対応したサブ・サービスを付加することによって、顧客満足を超えた顧客感動へ、さらに言えばモリス B.ホルブルック(コロンビア大学 ビジネススクール教授)の言うProfound Experience(深い体験・感銘のある体験) を実現して、顧客にとってインパクトとなる体験価値を提供する。
サービスとは人やその所有物への何らかの働きかけであり、対象に何らかの変化を生み出す活動、ということだ。つまりサービスとは、自分または自分が所有する対象の現在の位相(状態)を変化させる加工・変換機能なのだ。サービス・パッケージの中で、コア・サービス以外の副次的サービスをサブ・サービスと呼ぶ。副次的サービスであるから、重要性がコア・サービスより低いともいえるが、顧客にとっては、必ずしもそうではない。なぜなら、コア・サービスは顧客にとっては当たり前のサービスであって、サービス商品の特徴は実際にはサブ・サービスが主張していることが多いからだ。(クリストファー.H.ラブロック『サービス・マーケティング』)
劇場やホールでの体験は、そこでの時間を消費してしまえば終わってしまうものではない。「体験」である以上、何らかの外からの力によって内側に良い意味での興奮や動揺が起こるのであり、そこに加速度をつける付加価値を付与することで自己実現という「変化」への里標を手に入れるのである。ライフスタイルに関わる、とはそういうサービスを指している。
「あなたがしてもらいたいと思うことをあなたの隣人にしなさい」という聖書の言葉は、まさにアーツ・マーケティングと付加的サービスのあり方を表している。




