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集客から創客へ☆回復の時代のアーツマーケティング

第二章 最新のアーツマーケティング/その理論的根拠。(3)

フィリップ・コトラーとジョアン・シェフ・バーンスタインはアーツマーケティングを以下のように定義している。

我々はマーケティング・マネージメントの定義を、マーケターの目的を完遂することを目標に、ターゲット・オーディエンスとの有益な取引関係を創出し、構築し、維持するためにデザインされたプログラムを、分析し、計画し、実施し、コントロールすることと定める。マーケティングとは、団体が自身の目標とする範囲内で新たな顧客を創出し、満足させるという目的を持ちながら、創造的、生産的、有益的に市場に関わっていくプロセスである。この定義の重要な特色は、取引に焦点を合わせているということである。マーケターは、取引を創出し、構築し、維持する専門職に就いている。取引が行われるのはターゲット・オーディエンスが行動を起こす時に限られているため、マーケティングの究極の目的は、行動に影響を与えることだということになる。(『Standing Room Only』)

どこまでを「顧客価値」と考えるべきか。

私たちが提供しているのは「経験という価値」である。あるいは「新しいライフスタイル」を提案するサービスである。
したがって、舞台芸術産業の中核商品(コア・プロダクト)は、音楽であり演劇でありダンスであるが、マネジメントとマーケティングの中核をなすのは顧客の受け取るあらゆる価値を演出・提供するカスタマーバリュー・デリバリー・システム(顧客価値提供システム)であると考えるべきである。「顧客価値」は中核商品の受け手である顧客の内側で起こる「出来事」である。つまり、形のない、捉えようのない、提供する側が完全にコントロールできないものである。その意味で、マネジメントやマーケティングの視点からみれば、舞台芸術は「プラットホーム型商品」とも言えるだろう。

「実際にプラットフォームに何を乗せ、どういう意味を持たせるかは、顧客に創作をゆだねるのだ。顧客の想像力を誘発し、顧客の個人的な生活シーンを描けるサービス商品の提供である」
(近藤隆雄『サービス・マーケティング』)

劇場・ホールで提供されるコア・プロダクトが「プラットホーム型商品」であるとすれば、自分たちが提供しているサービスの品質を高度化するというマネジメント課題は、顧客の体験の質を向上させるためには何を、どのように施せばよいかという「演出」の問題に転換できる。何を改善し、どのように「演出」を施せば顧客価値の品質を向上させることができるか、という具体的な経営的課題と問題解決の筋道が見えてくる。その観点に立って、舞台芸術団体や劇場・ホールの事業構造を早急に見直すことが今後の喫緊の重要課題となってくる。

そうなると芸術団体や劇場・ホールは、現在行われているマネジメントのスキルやマーケティング手法そのものに見直しが求められ、それらを大きく転換させる必要に迫られるであろう。「優秀なサービスとは何かを定義するのは顧客である。そして、彼らの定義に重点を置くのは、マネージメントの責務である」(『Standing Room Only』)ことを知らなければならない。
舞台芸術事業が顧客に提供する経験価値は「ある刺激に反応して発生する個人的な出来事」であるが、それは「自発的に生み出されるものではなく、誘発されるもの」である。むろんコア・プロダクトである音楽や演劇によって経験価値が誘発されると考えられるが、そのほかにも劇場それ自体の施設環境や景観や立地などの周辺環境を含めたフィジカル・エビデンス(物理的根拠)や、鑑賞前後の食事や喫茶、語らい、帰宅後の家族のあいだで交わされる会話など、劇場やホールでの経験によって誘発されるあらゆる種類の「出来事」や、それらに誘発される感性的なインパクトのすべてが舞台芸術産業の顧客にとっての「経験価値」となる。
この「経験価値」は「思い出」という記憶への刷り込みとなる。その「記憶」が心や感性や他者との人間関係や地域社会へのロイヤルティを形成するように働く。芸術文化や劇場・ホールの社会的効用がここにある。ならば私たちが従事するのは、心が揺さぶられるような「体験」と、そこから生まれるかけがえのない「記憶」を購入していただく産業なのではないか。さらには「生き方」や「ライフスタイル」の変化を顧客自身と社会から期待されている産業なのではないだろうか。ミュージカル『CATS』の原作者であるトーマス・S・エリオットは、「人間は、ルーツや思い出、愛着、幻想、超越を必要としている」と、人間はどのように現代的な感覚を身にまとおうと、心に深く刻まれる記憶や愛着から逃れようもなく存在していることを述べている。

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