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集客から創客へ☆回復の時代のアーツマーケティング

第二章 最新のアーツマーケティング/その理論的根拠。(3)

今回は舞台芸術の事業定義について考える。私たちの事業定義は、芸術愛好家に舞台作品を提供することではない。
舞台作品が舞台芸術産業の中核商品ではあるが、私たちが提供しているのは舞台芸術とそれに関連するすべての「経験価値」である。
その経験価値をより大きな物とするには、複数の資源を最適に組み合わせて事業を行う多資源経営であることを述べる。

舞台芸術の事業定義をする/私たちは何を提供しているのか。

「事業定義」についてのセオドア・レビットの『マーケティング近視眼』での鉄道会社衰退に対する指摘はあまりにも有名である。

鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからではない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客をほかに追いやってしまったのである。事業定義をなぜ誤ったのか。輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたからである。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。

これに続いてレビットは、映画会社の危機についても「映画をエンタテイメント産業と考えるべきだったのに、映画を製作する産業だと考えてしまった」として、「ハリウッドはテレビの出現を自分たちのチャンス―エンタテイメント産業をさらに飛躍させてくれるチャンスとして歓迎すべきだったのに、これを嘲笑し、拒否してしまった」と展開させている。つまりは経営者が「事業定義」を誤ったために産業自体の危機や衰退を招いてしまうことが往々にあると結論づけているのである。

マイケル・E・ポーター(ハーバード・ビジネススクール教授)は、レビットの『マーケティング近視眼』での考察を「<製品中心の狭量な定義に陥る>ことを避けるよう強く主張した」と簡潔に評価し、「彼以外にも経営理論家の多くが、事業を定義する際に製品にこだわらずに機能に注目すること、国境にこだわらずに今後の国際競争を視野に入れること、現在のライバルだけでなく将来競合になりそうな相手に注目することを強調してきた」(『How Competitive Forces Shape Strategy』)と、「事業定義」が営利、非営利を問わず、いまも、これからも企業経営の大きな課題であることを指摘している。事業定義をどのようにするかが、企業や団体の未来を創造する決め手となり、事業の衰退期を回避し、リスタートを可能にすることにもなるのである。
ピーター・F・ドラッカーもまた、西部開拓時代に幌馬車の車輪を造っていた鉄工作業者が、鉄道時代への変化にともなって金属工作の高度な技術を持ちながら次々に事業をたたんでいったのは、自らの事業定義を狭く見てしまったから、と述べている。運輸機器製造事業者とみずからを規定していれば、鉄道時代という変化にも適応していたと断じている。今日存在するものは、すべて昨日の産物であるというドラッカーの至言のひそみに倣えば、事業を定義するということはすなわち「明日を創造する」ことにほかならない。別の言い方をすれば、未来を創造できない事業は危機にさらされ、やがて必ずや衰退する、ということである。
最近、ぴあ株式会社の経営危機がいろいろなところで報道されている。ネット検索が容易に、しかも広範に行える外部環境になって、出版事業の「ぴあ」本誌は情報誌としては時代的な役割を終えており、最盛期の30%程度の売上部数になっているのは当然の成り行きであるが、この経営危機の本質は、チケット・ぴあにあると言える。コンピュータによるチケット販売を「チケット事業」と狭く事業定義したことにあると私は思うのだ。チケット販売を手段と捉えて、「顧客情報を蓄積して効率よくマーケティングするための情報業」とみずからを位置づけて事業定義をすれば、21世紀にあっても持続可能な新しい業態が生まれていたはずである。84年のチケット・ぴあのサービス開始時に、今日のようなネット環境とソフト開発とマーケティングのコペルニクス的転換がなされることを予期できなかったことがすべてである。時代は、経営者の想像を超えて加速度的に変化したと言うべきかも知れない。このことの詳細は後述する。
ひるがえって、たとえばオーケストラや劇団は顧客に何を提供することを目的としているのか。舞台芸術産業の「事業定義」してみよう。
ともに芸術性の高い演奏や舞台を提供していると思い込みがちだが、前述したように、そこからテイク・オフしないかぎり時代の変化から取り残されると私は思っている。素晴らしい交響曲を聴いていただく、練り上げられた演技を観ていただく。それに間違いはない。だが、マネジメントやマーケティングに携わる者ならば、別の視点から舞台芸術と顧客とのあいだに起きる「出来事」と、顧客の「経験の総体」に思いを馳せなければならない。芸術愛好者だけをターゲットとした事業定義から、すべての人々のライフスタイル総体の変化を視野に入れた産業構造へと大きな変革を果たさなければならない。その視座に立てば、「聴く」、「観る」はあくまでも行為そのものを意味するのであって、その行為を顧客が得る利得と考えると「製品志向」のマネジメントやマーケティングに陥ってしまう。劇場やホールを「何かを観る、聴く場所」という役割に留めるかぎり、私たち劇場の仕事は一方的な「享受の場の提供」に過ぎなくなる。舞台芸術産業は、大きく変わらなければならない。
私たちは劇場・ホールや舞台芸術に関連するあらゆる「経験価値」に関わっており、すべての「経験価値」を直接的にも、間接的にも提供していると考えなければならない。舞台作品それ自体は中核製品(Core Product)であり、直接的な経験価値であるが、そのより良い体験のために顧客の期待するサービスや環境を期待製品(Expected Product)と定義し、その他の期待を超えて派生する体験を拡張製品もしくは付加製品(Augmented Product)と言う。マーケッターはそれらの最適組み合わせを組成して、そのプロジェクトのポジショニングを決定しなければならない。また、マーケッターには、そのような「経験価値」のある豊かなライフスタイルを提案しているのだとの職業的な自覚が必要である。私たちが提供しているのはいわば「生き方」であり、「変化」なのだから。

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