2008年5月18日に西川信廣氏・平田オリザ氏と館長による「衛紀生館長のおしゃべりシアター『町が元気になる処方箋』」がアーラで行われました。その模様をホームページに掲載致します。
次世代へのツケはお金だけではない、コミュニティは最大の財産
(前回の続き)
平田氏:
だから先ほどの話につなげると、本当にコミュニティが完全に崩壊しちゃったら、それにかかるコストはもの凄いコストなんですよね、防災も防犯も。防犯がもの凄いコストがかかる。それをヨーロッパの各都市はみんなツケを払ってきて、今やっと再生のとば口に立った。実際大変なんですよ、パリで暴動が起こって。文化のいろいろな事業をやってぎりぎりに抑えてるんです。
日本はそこまでなってない。だとすれば今大阪府は文化予算や教育予算や福祉予算を切って今は財政は立て直るかもしれないけれども、十年後にもの凄いツケを払うことになる。崩壊しちゃうんだから、コミュニティがこのまま行ったら。それよりはコミュニティを崩壊させないで、将来に向けて今そちらの方に投資をするほうが、将来にツケをまわさないということになるんですよ。橋下さんは子孫にツケを回さないと言っているけれども、次の世代へのツケはお金だけのことではないでしょう。コミュニティが最大の財産でしょう、地域にとって。それを保つには何が必要なのかっていうことなんだと思います。
どれだけ経済効果を生じているか
西川氏:
橋下さんのこととは違うんだけれども。ちょうどね、文化庁の在外研修で僕がイギリスに行っているときね、サッチャー政権の末期だったのね。それでサッチャーがやっぱり経済が逼迫しているからって文化予算をバンバン切り始めたんです。そのときにライブパフォーマンスやっている人間たちが選挙にからめて、「We Vote Arts」 って、我々は芸術に投票するってキャンペーンをやったんです。
それを捉えて「ガーディアン」っていうイギリスのやや左翼的な新聞が、一面使って長大な論説を書いてね、そこでちょっと素敵だなと思ったのが、要するにだいたい今まで文化というと、昔からお金持ちがお金を払って自分たちの心を満たして、芸術を観るという気持ちを満たしてステータスを保ってきたという歴史があるけれども、今はそうではなくなって文化芸術を支えるのに行政が、政府がお金を出している。しかし、経済が逼迫しているからといって文化を切るのはおかしいとまず言っているんだよね。
しかも昔のパトロンと比べてはるかにお金が少ない。そのうえ必ず金に換算している。それで、なんで劇場に政府が金を払わないかというと100万円を補助しても、劇場からあがってくる収入はたかが知れているじゃないかと。つまり劇場は金を使いすぎだと。ランニングコストもかかる。他の何か物を作っている企業と比べて経済貢献度も小さいと。だからそれに見合った形で文化予算も切るんだという言い方を政府はしている。
しかし、政府は劇場またはライブパフォーマンスがどれだけ経済効果を生じているか計算していない。なぜかといったらイギリスに演劇が凄い、オペラが凄い、音楽が凄い、って言って世界中から、ヨーロッパ中から観光客が来る。観光客が舞台を観に来るときにはホテルに泊まるだろう。それからお土産も買うだろう。ついでに観光もするだろう。そういう経済効果を数字に入れなくて、チケット代の何パーセントかしかみていない。つまり非常に経済効果があるんだと。
演劇が、音楽が、国民にとってプライドとなる
でも、仮に百歩譲って、経済効果がないとしても今イギリスの演劇が、今イギリスの音楽がすばらしいって世界の人に言われたら、これほど国民にとってプライドとなることはないではないかと。こんなうれしいことないではないかと。それはお金に換算できないものである、って大論説を書いているんだよね。僕はね、さっき平田さんが、来ない人にも愛されるものって必要だって仰ったじゃないですか。まさにそうだと思う。
だから経済効果だけで、例えばアーラもこれだけ年間お金を使っていると、それがいま市の財政が厳しいから、しかも劇場に通う人は、数字でいったら市民の何パーセントではないかと。だから不必要なんだという議論はたぶん経済現象しかみていないんだよね。そうではなくて、ここの劇場があるっていうことが、アーラというのが市民にとって誇りになるべきなんだ。例えば行っていないかもしれない、行くのは少ないかもしれない、もしくは行ったことないかもしれない。でも、アーラがあるということがやっぱり誇りになるべきだと思うんだよね。




