再演こそが日本における芸術経営の「機会」。
「無形性」に関連して「消滅性」と「一過性」という商品特性がある。在庫(ストック)ができないという商品特性である。むろん、舞台装置や衣装などの有形物に関してはストックが可能であり、二、三日で上演演目を入れ替えていくレパートリー・システムの経営的な存立基盤はそこにある。レパートリー・シアターを別名で「ストックシアター」というのはそれゆえである。また、欧米の地域劇場の多くが、ストックしてある衣装、帽子、バック、小道具、靴などを仮装パーテーや記念写真用に貸し出す「コスチューム・ハイヤー」とか「コスチューム・レンタル」というプログラムをもっている。日本の新国立劇場も銚子市豊里台に「新国立劇場舞台美術センター」というストックヤードを持っており、舞台模型、舞台衣装、小道具などの舞台関係・映像資料を展示公開しているが、それらを貸出す事業はまだやっていない。この舞台芸術の「消滅性」は「生産と消費の同時性」とも言い換えられるが、これによってマネジメント面で受ける影響は、理論上では再演による経済生産性の向上である。
「理論上では」と断わりをつけるのは、本来は再演が可能であるという経営判断は作品の品質が保証されていることを意味するのだが、日本では、再演はアーチスト側にはあまり歓迎されていないようだ。あわせてマスメディアには再演物を記事として取り上げようとしない傾向が強くある。観客もあまり成熟していないせいか、よい舞台なら同じものを何回も観る、という消費性向にない。マネジメント的にもマーケティング的にも再演は経営的な「機会」と捉えるべきなのだが、その障壁は低くない。
私は30年程以前に『再演こそ日本のロングランシステム』という論文を演劇雑誌「新劇」誌上に掲載して、良質な舞台が残り、経済的にもカンパニーにとっては「機会」になることを説いたが、一向にシステムとして定着しないのには前記のような日本の特殊な事情があるからだろう。日本においては、演劇作品はひたすら消費される傾向が強い。新作至上主義的なこの傾向は、劇作家の才能そのものを消費しているのに等しい。
近年、日本でも「レパートリー・シアター」を標榜するカンパニーが出てきている。が、しかし「良質な舞台が残り、経営的にもカンパニーにとっては<機会>になる」というマネジメント的なメリットをアウトプットするには至っていない。かつて上演した良質の舞台作品を持っているのに新作に挑戦する、あるいは再演であっても舞台美術デザインを変える、などの芸術的欲求を優先させて、経営的な「機会」をみすみす手放しているケースが多く見られる。何のための再演なのか、レパートリー・システムなのか、いささか理解に苦しむところだ。
観客の「受取価値」の高度化を図る。
舞台成果が日々によって違うという「不均質性」も舞台芸術の商品特性のひとつである。実際に舞台のプロデュースをして毎回パフォーマンスに接してみると分かるのだが、舞台はまさに生き物であるし、ナマモノである。加えて、舞台と客席が協働して物語を紡いでいく「共同生産性」という重要な特性もあるので、舞台のみならず、観客の違いや反応によっても成果は日々変化する。「共同生産性」は、舞台と個々の観客のあいだに成立する「共感」と「共創」の関係に依拠する特性である。したがって、空席の目立つ鑑賞環境より、満席の環境の方が良い「経験価値」をアウトプットできるのは言うまでもない。可児市文化創造センターが採用している「Dan-Danチケット制度」の根拠はここにある。公演の二週間前にチケットの価格が正規の15%OFFになり、公演当日は午前0時からハーフプライスになる。最近行われた地域拠点契約の文学座公演では、午前0時から2時までのあいだに多くのハーフプライス・チケットが買われて、最終的には12%弱の価格変動性のある新しい顧客を演劇という分野に招き入れることが出来た。これまでのウェブ・チケットのアクセス統計によると、午後9時前後から急に購入者数のグラフ曲線が右肩上がりとなり、午前0時前後が頂点となって、午前2時頃までに動きが終息する。つまり、可児市文化創造センターのチケット窓口が閉って2時間後からインターネットでのチケット購入が始まる傾向にある。「当日ハーフプライス・チケット」は、販売開始の午前零時に一挙にアクセスが多くなり、午前2時頃までと早朝の午前5時から7時のあいだにハーフプライスのアクセスが集中する。最近行われた、地域拠点契約を結んでいる新日本フィルハーモニー交響楽団のサマーコンサートでは、総観客数の7.4%が当日ハーフプライスの購入者であった。
前述したが、この制度は、空席を可能なかぎり無くして顧客の受取価値の高度化を図っている仕組みである。空席の存在という問題解決のプロセスには顧客は関与できない。全面的に経営側の責任である。人間は関与できない問題に対しては、関与できる立場にあるよりも当然不満が大きくなる。舞台成果の芸術性がいくら高いものであっても、空席の存在によって顧客の経験は劣化するだろうし、場合によっては苦痛さえ感じるだろう。このような差別的価格設定 とは、ひとつの製品もしくはサービスを2種類以上の価格で団体が販売し、その価格がコストの比例差違を反映していない場合を指す。多様な差別的価格設定テクニックの使用は、収入を適正化し、あわせて観客サイズを最大化しようとする際に大いに役立つ、と私は考えている。S席、A席、B席の配分も、学生券の設定も、歌舞伎座の幕見券も、この差別的各設定である。「座席は腐敗しやすく 、幕が上がった途端に販売不可能となる」(『Standing Room Only』)のである。
舞台と観客の「共感」と「共創」の関係―共同生産性は、マーケティングを展開していく上で顧客進化をもたらしてくれる重要な梃子となる。というより、「共感」と「共創」は、関係づくりマーケティングの要諦と言える特性なのである。その意味では、舞台芸術とマーケティングとの相性はきわめて良いと考えられる。また、あわせて劇場やホールで交わされる舞台と観客・聴衆との双方向のコミュニケーションもまたマーケティングと定義づけられる。
しかし、反面では、その共同生産性を満足させてもらえない時には、不満が倍々ゲームのように膨大することも知っておかなければならない。観客の「受取価値」はサービスする側が決めるものではない。観客自身によって決定される。「受取価値」とは、生産者価値と、生産コストに関係なく顧客が提供物に対して感じる価値との違いの利得の差を表しており、プラスの数字にもマイナスの数字にもなる。ということは、この共同生産性は舞台芸術にとって「強み」にもなれば、「凶器」にもなりうるのだ。
したがって、空席対策をしっかり施すことも含めて、劇場・ホールでの舞台鑑賞による感性への刺激がスパイラル状に高められるように、マーケティングにおける芸術団体や劇場・ホールと顧客の関係性も、経験価値の高度化によってスパイラル状に進化していくような仕組みを構築しなければならない。舞台芸術とアーツマーケティングの相性の良さをいかに「強み」 としてその経営の仕組みの中に取り込むかである。効果的なマーケティング戦略を策定するための要点の一つである。
舞台と観客の「共感」と「共創」の関係―共同生産性は、マーケティングを展開していく上で顧客進化をもたらしてくれる重要な梃子となる。というより、「共感」と「共創」は、関係づくりマーケティングの要諦と言える特性なのである。その意味では、舞台芸術とマーケティングとの相性はきわめて良いと考えられる。また、あわせて劇場やホールで交わされる舞台と観客・聴衆との双方向のコミュニケーションもまたマーケティングと定義づけられる。
しかし、反面では、その共同生産性を満足させてもらえない時には、不満が倍々ゲームのように膨大することも知っておかなければならない。観客の「受取価値」はサービスする側が決めるものではない。観客自身によって決定される。「受取価値」とは、生産者価値と、生産コストに関係なく顧客が提供物に対して感じる価値との違いの利得の差を表しており、プラスの数字にもマイナスの数字にもなる。ということは、この共同生産性は舞台芸術にとって「強み」にもなれば、「凶器」にもなりうるのだ。
したがって、空席対策をしっかり施すことも含めて、劇場・ホールでの舞台鑑賞による感性への刺激がスパイラル状に高められるように、マーケティングにおける芸術団体や劇場・ホールと顧客の関係性も、経験価値の高度化によってスパイラル状に進化していくような仕組みを構築しなければならない。舞台芸術とアーツマーケティングの相性の良さをいかに「強み」 としてその経営の仕組みの中に取り込むかである。効果的なマーケティング戦略を策定するための要点の一つである。




