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集客から創客へ☆回復の時代のアーツマーケティング

第二章 最新のアーツマーケティング/その理論的根拠。(2)

もっとも効果的な「誓約の有形化」はブランディング。

コトラーは、そのようなマーケティングを『Standing Room Only』のなかで、「例えば、ある劇場が一人のスター・パフォーマーの人気に基づいて、大規模なテレマーケティングやダイレクトメール・キャンペーンを行い、年間予約会員券の販売をプロモートしたとする。こうした販売志向の手段は、短期の顧客を増やすには間違いなく有効である。しかしこれは、劇場が長期に渡ってより大きなセールスを生み出すためのマーケティング戦略の使い方では、決してないのだ。販売志向のマーケティングは、競合他社の中で自社の提供するものを受け入れるよう、最もうまく顧客を説得した企業が成功する、という考えに立っている。販売は、マーケティングという氷山のほんの一角でしかない」と、販売指向のマーケティングの限界性を指摘している。また、別のところでは、「一晩限りのスター・パフォーマー出演であったとしても、それは団体のイメージを高めたり、サブスクリプション・セールスを刺激するのに役立つ」とも、その効果が及ぶ範囲を記している。
その是非は別として、スターやタレントをキャスティングする手法は、サービス購入に特有の顧客の不安を軽減するために、人々に何らかのサインや証拠を提示して「無形のものを有形にする」ためにするマーケティングの一方策である。新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどのマスメディアの持っている社会的信頼性を活用して行うパブリシティ・リリースもまた、顧客や潜在顧客が抱いている不確実性への不安を軽減しようとする手立てだ。

ライブ・パフォーマンスの品質をあらかじめ判断するのはきわめて困難である。そこで「ブランド」が重要な役割を果たすことになるわけである。いわば「認識の困難性」をブランディングによって克服する方策をさまざまに立てる作業がアーツマーケティングの仕事の根幹にあるのだ。ハーバート・ハイマンとポール・シーツレーは『Some Reasons Why Information Campaigns Fail』のなかで、失敗したソーシャル・マーケティングから抽出したいくつかの法則のひとつとして以下のような要素をあげている。

ある人が新しい情報を受容する程度は、その情報が、その人がすでに持っている考え方とどこまで相容れるかによって決まる。一般的に、人々は同意できない情報を回避する傾向がある。

ブランディングは顧客の受容を促進するための経営戦略であり、ブランドは重要な無形資産であり、経営資源である。これは顧客の経験価値を必ずや高度化する。とくに舞台芸術のような物質的無形性の商品にあっては言うまでもない。したがって、ブランディングは、芸術団体や劇場・ホールの職員の、顧客の鑑賞環境を演出する際の重要なミッションの一つである。ブランディングもまた、顧客にとって重要な「鑑賞環境」のひとつと捉えるべきだろう。日々のルーティンを無難にこなしているだけでは、このミッションを遂行することは決してできない。
たとえばステータスの高い賞の受賞歴はブランディングを促す。また、劇場・ホール自体のブランディングも「誓約を買っている」顧客に安心感を与える。いわば「無形性の有形化」や「誓約の有形化」は、レオナルド・L・ベリーの言によれば、顧客による「証拠がため」(『Service Marketing is Different』)に手を貸すことである。そのための情報を、どの機会に、どのような「証拠」として、どのような方法で提供するかが、舞台芸術や劇場・ホールのマーケッターには求められる。あらためて言うが、劇場・ホールや団体それ自体のブランド化が、経営者やマーケッターの何よりも最優先すべきミッションであることは間違いない。

コトラーは、「パフォーミング・ホールの中には、品質と名声があまりに高く、そのホールを訪れること自体がイベントになるホールもある」と、その劇場・ホールを訪れること自体が顧客に何らかの価値をもたらすことを指摘している。たとえばカーネギーホールや、かつてサー・サイモン・ラトルが率いたバーミンガム市交響楽団(CBSO)の拠点であるバーミンガム・シンフォニーホールなどがそれにあたる。「一見に値する」というものである。美術館ではロンドンのテート・モダンも訪れること自体に価値を見出せる施設である。
東京・下北沢にあるブラックボックスの小劇場ザ・スズナリは、杮落としに山崎哲主宰の転位21の『うお伝説』を上演した。それが前年暮の朝日新聞の年間ベスト5で私を含めた二人の選者があげた収穫の舞台であったことから、この杮落とし公演は立錐の余地のない観客数となり、それ以降、ザ・スズナリは「小劇場演劇のメッカ」というブランドを得ることになる。「一見に値する」わけではないが、ここで上演されるものは間違いがない、という安心感を顧客に与えていたのである。もちろん、それだけに公演と公演の隙間がまったくないほど利用を希望する劇団は多く、結果的にスクリーニングされて好舞台が上演されることになり、ブランディングはスパイラル状に進捗していくことになる。
現在、このようなブランド価値のある事例は、サントリーホール、文学座アトリエなどがある。紀伊国屋ホールは以前には劇場スタッフによって厳しいスクリーニングがされていて品質管理が行き届いていたが、紀伊国屋サザンシアターの開場によって知名度の高いカンパニーがそちらにシフトする傾向にあり、紀伊国屋ホールのブランド力にはかつての勢いはなくなっている。世田谷パブリックシアターのブランド力も、最近いささか翳りが見てとれる。大きく体制が変わり、人事的にも新しい人材によるマネジメントが行われるだろうことは予想できるので、新たなブランド・イメージの確立を期待したい。

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