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衛紀生館長のおしゃべりシアター「町が元気になる処方箋」

衛紀生館長のおしゃべりシアター「町が元気になる処方箋」(2)

芝居が終わったあとにチャリティーのロックコンサート

それとたまたま僕が関わっていたカンパニーでロック歌手がいたんですよね。クイーンってバンドのバックコーラスやっていた俳優兼歌手なんで、それで彼がいるんで折角だからチャリティーのロックコンサートをやるっていう話が持ち上がったんですよ、劇場のなかで。

ところが劇場が完全に埋まっていて空いている時間がないと。それで、いつやるかって言ったら芝居の終わった後やるとなった。そうなると11時なんだよね、芝居終わるの。それでロンドンからバックバンド呼んで、劇場のセット壊せないからそこにビニールシートかけて、劇場のスタッフ一丸となって10時に芝居が終わって、10時から1時間かけて中を変えて、準備して、その間にロビーではみんな観客が来ていてたむろしていて、始まったのが11時、終わったのが深夜2時。

なおかつそのときはロビーで、お酒は11時以降売っちゃいけないことになっていて。でも、そのときはマネージャーというか支配人が罪は俺が被る(笑)って言ってシャッター閉めて、終わった後も飲めるようにしたんだよね。そして、収益をボランティア団体とかに寄付するということを劇場が平気でやっちゃうんですよね。しかも、それには劇場スタッフ、それから僕らゲストも全部関わって一緒に盛り上がって。

劇場には力がある

僕、そのときそれまで思っていた劇場は敷居が高くて、特別なところで。ところが劇場が仕掛ければいろんな人が集まってどんな使い方もできる。そして、その収益を地元に還元できる。そいうのがやっぱり地域劇場の役割なのではないかなと。

それから、そのとき研修でグラスゴー行ったんですけれども、確かね、そこから20年くらい前だから60年代から70年代かな。駅のすぐ近くにあるんですよね、グラスゴー・シチズンという劇場が。その劇場の周りが工業都市だったもので労働者が流れ込んだんだけれども、かなり経済的に厳しくなっていて、いわゆるホームレスも増えちゃって。その駅の近くだった劇場にも流れ込んじゃったんですよ。そうしたら、ややスラム化して劇場に来にくくなってしまったんですよ。

劇場移転の話もあったんですが、そのときジェフリー・ハーパーって芸術監督が、そのときに就任したばっかりで、もう20何年とやっているんですが、その人が、むしろ劇場っていうのはもっと地域に開かれていて、だから一般の人が来るようにしなければならない。なおかつその周りに住んでいる人にも観てもらうべきだということで、その当時50ペンスで、収入のない人、ホームレスに芝居を観てもらうチケットをつくった。それからグラスゴー・シチズンは、いまだにそうやっているらしいんだけれども、ロンドンから名優たちを呼ぶし、前衛的な作品もやるし、非常に大衆的な作品もやる。

ロンドンから俳優を呼んだときに、どんなに有名な俳優を呼んでもギャランティが一律で一緒なんです、若い俳優と。そして、そのやり方に共鳴や共感した俳優たち、名優たちもグラスゴーに来るわけです。そして、そこで滞在型で芝居をつくる。ロンドンから名優たちも来るということで、一般市民も、やや危険地帯になっているんだけれども通うようになった。そしたら交流が起こった。そして、それまで低所得者でお金のない人たちが劇場のそばにいて、それが逆に悪循環で一般の人も来なくなったのが、ハーバーがそういう形をとることによって安いお金で観られる。なおかつ名優たちも来る、芝居をつくる、それがレベルが高いということでスラム化していた町がきれいになった。

一時そこで警察が取り締まってやろうとしていたんだけれども、警察の力ではどうにもならない。ということで特に行政がお金を出してその都市の美化をしなくても、だんだんきれいになっていった。そこで最終的には低賃金の労働者のための施設を建てたりして、まぁきれいにした。劇場がある意味では都市を変えた。周りを変えたんですね。市民との交流をつくった。劇場には力があるなと。僕はそれまで思っていた日本の敷居の高い劇場と明らかに地域の劇場の使い方、そして位置づけは違うなと思ったんです。

劇場は大きな「一本の樹」

衛館長:

いま西川さんにお話頂いたグラスゴーというところはですね、その後、欧州文化都市制度というのがあって、それに立候補してEUからお金を拠出してもらって、「欧州文化都市宣言」をして、グラスゴーは最終的に欧州の文化都市のひとつになったんですね。それから路面電車の車庫が劇場になって巨大なアーツセンターになっていて、そこでレニングラード・マールイ・ドラマシアターのレフ・ドージンという世界的若手演出家が滞在して作品をつくっている。現代のシェイクスピア劇解釈の発端を作った巨匠のピーター・ブルックもそこに滞在して芝居をつくっている。

それで経済効果も当然起きてくる。経済効果というのは、僕は結果的なものとして、そういう動きについてくるものと思っています。劇場や美術館の経済効果というのは最終的にはお金をくれる人を説得する、つまり行政だとか、企業だとか、寄付をして頂く方に対して、この劇場はこれだけ経済波及効果があります。これだけの人間が来て、これだけのお金を落としている。だからこれだけ経済波及効果があるので、従って補助金をお願いします、寄付をお願いしますだとかファンドレイジングをするわけです。

ただ、一番問題は、日本と欧米との違いは劇場の敷居の高さなんですよね。最近出版されて大いに売れているジョアン・シェフ・バーンスタインという方の書いた『芸術の売り方』によると、敷居を高くしているのはアートの側なんだ、つまり我々の側が高くしているんだと書いてある。芸術家のエリート主義がある。それを自分たちの方から下げなければならないという。

僕は歌舞伎評論なんかもやっているんで、たとえば歌舞伎なんかは勉強していないと分からないだろうみたいなことを皆さんは思うんですよね。敷居どころでなくて、敷居が鴨居ぐらいに高くなっていて入れないみたいな。でも勉強しなくても歌舞伎は面白いんですよね。もうリラックスして観ればいいんです。はじめから私は歌舞伎を知らない、型をしらないから分かんないんじゃないかと思っているから楽しめない。だからそういう意味でいうと、歌舞伎座なんかは巨大な「お教室」みたいになっちゃっている。そうじゃないんです。いろんな人が来るように仕掛ければ、いろんな出会いが起きて、いろんな語らいが起きて、それぞれに個性の違う人たちが理解しあう。

だからいってみれば劇場とか美術館というのは、大きな「一本の樹」だと思うんです。周りはもうカンカン照りに暑くて、肌が焼けるほど、痛いほど暑い。世界はいまそんな状態ですね、ジリジリとして居心地が悪くなっている。そのために色んな人たちが「ラストリゾート」としてやって来て木陰で休む、休めば当然そこで会話が起きるそして理解しあう。さきほどオリザさんが仰っていたように、子供と高齢者が出会ったりだとか、障害を持っている方とシングルマザーが出会ったりだとか、外国人と日本人が出会ったりだとか、そういうふうなことが木陰で起きる。最初に交わされる言葉は「暑いですね」でいいと思うんですよね。そこら始まっていく。その木陰をつくる大きな樹が地域の劇場だったり、美術館だったりする。地域のど真ん中に「一本の樹」を植える、それが劇場だったり、美術館だったりする。人が集まるということと、集まることを妨げるような意識、それはアートの側の問題でもあるのですが、行政の側が敷居を高くしているということもあると思うんです。そのへん何か感じることありますか。

(次回へ続く)


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