エッセイ

10年目の達成感は―可児市の「文化芸術創造都市表彰」と2つの社会包摂プロジェクト。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督 衛 紀生

私にとって、11年目となるアーラでの年度が始まりました。「十年ひと区切り」と言いますが、だとするならば次の目標に向かっての一年目が始まったことになります。劇場音楽堂等と文化芸術を「再定義」するという私とアーラの使命は「終わりのない旅」であることは重々承知していますが、私がいつまで風切り役で先陣を切れるのかはもはや不透明な71歳です。新潟に向かう機内で読んだ新潟日報に、日本人男性の健康寿命は71・19歳とありました。この「0.19」が気になって即座に携帯の計算機能で計算したら、何と「70日」。1月末が誕生日なので、年度一杯で健康寿命が尽きて、あとは「誰かの助けを借りて10年程度を生きる」とありました。さすれば、新年度からは「誰かの助けを借りて」生きることになります。その健康寿命の尽きる年度末に嬉しいことが重なりました。

ひとつは、可児市が文化庁の「文化創造都市文化庁長官表彰」に選出されたことです。今年は北九州市、熊本市とともに3自治体が顕彰されました。「創造都市=クリエイティブ・シティ」というのは、英国のシンクタンクCOMEDIAの主宰者・代表で文化計画・都市計画・都市活性化計画のコンサルタントであるチャールズ・ランドリーが提唱した都市概念で、日本には、旧友であり文化経済学における私の先学者でもある現同志社大学教授の佐々木雅幸氏によって紹介され、文化政策の重要なタームとして導入された考え方です。その端緒となったのが、『創造都市の経済学』(勁草書房97年刊)です。当時私の主宰するNPO法人舞台芸術環境フォーラムが、金沢市民芸術村を研究対象として、セゾン文化財団からの研究助成で『レジデントシアター成立への課題―公設民営化へのマネージメント・スキルの開発』と題する報告書にまとめられる研究チームを組んでいて、仙台市の志賀野桂一氏、東北大学の小野田泰明氏らとともに、浅学の私をリードしてくれた中の一人に佐々木氏がいました。仄聞によれば原稿が遅いので有名だった佐々木氏が、「創造都市」に関する本をいま書いていると目を輝かせて、熱く語っていたことを思い出します (現に『報告書』の原稿は誰よりも遅かったと記憶しています) 。そして、出版された最初の創造都市に関する書籍が『創造都市の経済学』で、いただいた時にその帯に、日本を代表する劇作家井上ひさしさんの大絶賛と推薦の言葉があったことにひどく驚いた記憶があります。

欧州における「クリエイティブ・シティ」及びEUの事業のひとつである「欧州文化首都(European Capital of Culture)」は、スコットランド・グラスゴー市やフランス・ナント市、スペイン・バスク州ビルバオ等の、芸術文化によって重厚長大型産業の衰退を主因とする地盤沈下していた都市を再生した事例が数多く紹介され、「文化が経済を牽引する」という文化芸術による都市再生の経済的効果がいささか強調されている感があります。また文化芸術関係者及び文化政策関係者からは文化の香りのする豊かなまちづくりの政策根拠のように「創造都市」が牽強付会に引っ張り出され、「文化振興」の政策根拠のように持て囃されることに、私はいささか冷ややかな気分でいました。その抽象的なまちづくりの論拠に違和感を持っていました。文化芸術の側にいる人間が何を言うかとお叱りを受けそうですが、創造都市論が経済成長至上主義と共振することに強い抵抗感をいまでも強く持っています。結果としての経済成長、結果としての都市活性化はあっても、「創造都市」には社会課題を創造的に解決に導くための実証的な政策根拠がなければ、装飾的で、何気なく心地よい、それは単なる言葉の遊びに堕してしまう、とさえ私は思っています。

「創造都市」は、第一に、そこに居住する人々の「心のイノベーション」であり、「シビックプライド」を取り戻す、あるいは築くことを最終ミッションとする「人間を主役とする」都市概念であり、経済成長至上主義とは径庭の生活重視型の都市再生及び都市活性化、あるいは昨年から国(厚労省)が言い始めている経済成長優先によって毀損してしまった「地域共生社会」を再生実現するための梃子となる考え方なのだ、と私は思っています。

その証拠にランドリーは、都市を再開発するに当たっては「都市の記憶(Urban Memory)」を大切にしなければならない、と述べています。それはそのまちの住民のアイデンティティに関わる心の問題だからです。先のセゾン文化財団の助成研究に開村したばかりの金沢市民芸術村を選んだのは、大和紡績工場跡の大正から昭和初期にかけられて造られた赤煉瓦倉庫五棟を活用して文化施設として再生させたことにもありますが、私はその再開発のことを『芸術文化行政と地域社会』のなかで金沢市民の「景観の記憶」を毀損しない人間に優しい再開発と評価しています。欧州文化首都となったグラスゴーの中心街には、かつて多くの市民が買い物をしただろう古いマーケットが、コンサートや集会に使われるホールとして、まちに溶け込んだ景観をそのままに再生されています。バーミンガムのうねって流れていた運河は、かつてバーミンガム・レップとサイモン・ラトル率いるバーミンガム市響の拠点であるバーミンガム・シンフォニーホールを訪れた時には汚い生活用水の流れる、大都市の裏面を垣間見る想いのする場所でしたが、一昨年訪れた時には運河の流れはそのままに流れは浄化されており、両岸にはおしゃれなカフェやレストラン、ショップの立ち並ぶ素晴らしく賑わいのある観光スポットになっていました。

これらはランドリーの主張する「都市の記憶」、私の「景観の記憶」を損なうことなく再開発した成果と言えます。日本では、現在の渋谷や日比谷、そして誰も住まない高層リゾートマンションが虚しく林立している越後湯沢のように、元の町並みがどの様だったかを思い出すことが出来なくなるほどの土建型の都市再開発をしてしまいます。「人間不在の経済成長優先の再開発」です。ランドリーの創造都市の精神はそこには微塵もありません。ならば、越後湯沢の湯沢町に隣接する月夜野町の、開発を拒否した行政姿勢の方に私は共感します。「創造都市の精神」を垣間見ます。蛍の飛ぶまちを守っただけでも、「人間中心のまちづくり」と思うのです。私だけの考えかも知れませんが「創造都市の中心には「人間」がいなければならない」と考えています。人間は決して「稼ぐ道具」ではないのです。GDPを成長させるための「経済成長の奉仕者」ではないのです。そのまちに住んでいる人々の心にイノベーションという「変化」が起こり、シビックプライドの再生と構築が起きなければ、土建型都市再開発がいかに最新的な機能を持つように行われたとしても、それは「創造都市」とは言えないと考えます。

私の大切にしている考えの根幹にはいつも「人間を大切に思わない政治は政治ではない、人間の心に届かない思想は思想ではない」が、90年代に地域に出てから揺らぐことなくあります。私の生きるための、そして劇場と文化芸術を「再定義」するための、古民家の剛構造を支える通し柱のようなものです。「人間の家」というアーラの在り方は、その微動だにしない生き方と信念から生まれた劇場の存立価値なのです。その意味で、アーラの「社会包摂型劇場経営」も「創造都市」も、新自由主義経済思想による「小さな政府論」や「競い合い、奪い合う社会」を乗り越えようとする、「人間」を中心に据えた地域共生社会によって成立する、そして積極的福祉社会へ向かう、WELLBEINGを共有価値とする概念だ、と私は考えています。「創造都市」もアーラが実践する「社会包摂型劇場経営」も、新自由主義経済思想による社会の劣化を乗り越えて、新たな分権的な社会構築を目指す土壌の上に位置する社会改革のための仮説なのだと私は考えています。冨田成輝可児市長に「文化創造都市文化庁長官表彰」のお知らせに伺った折、市長は「可児ならではの社会包摂のまちづくりをこれからも推し進める」と心強い言葉を語ってくださいました。

二つ目の達成感は、3月28日に文学座の稽古場で岐阜県教育委員会と劇団文学座との『子どもたちのコミュニケーション能力向上』のためのワークショップ実施に向けての連携協定締結の記者発表が行われたことでした。岐阜県教育委員会からは松川禮子教育長、堀貴雄教育主管、北岡龍也学校支援課長、文学座からは田中章子代表取締役社長、西川信廣幹事、瀬戸口郁ワークショップ委員、それに社会的インパクト投資の研究者で実務家であり、県立東濃高校の社会的投資回収率(SROI)のプロジェクト分析と算出を2年連続して行っている?ケイスリーの幸地正樹さん、プロジェクト当初の6年前から東濃高校のワークショップに関わっていた私も臨席させていただいた記者発表でした。このプロジェクトの生みの親であり、年度一杯で県教育長を退官なされる松川さんにとって、感慨深い記者発表ではなかったかと推察しています。

今年度からは6年間継続して実施している東濃高校、3年間継続実施している不破高校に加えて、山県高校、羽島高校、揖斐高校、恵那東高校の4校の計6校の県立高校でのワークショップが4月から9月にかけて行われます。一昨年度から目覚ましいSROI値(一昨年度9.86 昨年度16.7)が出ている県立東濃高校の実証価値を背景にして、今年度は10校での実施を目指しましたが、予算の関係で6校に縮小せざるを得なかったのは残念でした。それと『子どもたちのコミュニケーション能力向上』という事業名には違和感を持ちます。子どもたちがワークショップを一緒にしたクラスメートによって「承認欲求」を充たされ、「自己肯定感」を持ち、クラスが「居場所」となったからこその中途退学者の激減であり、遅刻・問題行動の三分の一以下の減少であり、その結果が社会的投資回収率の16.7なのですから。耳触りは良いのですが「コミュニケーション能力向上」の名称は「変化」の実態を現わしているとは思いません。「コミュニケーション能力向上」が生徒たちの抱える問題に何かを「変化」をもたらしたわけではありません。この取り組みのミッションを言い表していると私は思いません。その理由は以下の通りです。

米国のコミュニタリアニズム(共同体主義)の哲学者であるアレスディア・マッキンタイアは、人間が何かを理解するときは、私が言い続けている「想像力と創造力」という「二つのソウゾウリョク」によって「物語」が紡がれる、と説いています。それは、舞台でも音楽でもダンスでも美術でも、さらに対人関係においても同じです。ここでの「創造力」とは理解するために「物語」をつくる能力です。誰かと誰かのあいだに「承認欲求の充足」という関係が生じるには、二人の関係の中に「物語=新しい価値」が生まれる必要があります。この際の「物語」はStoryではなく、Narrativeです。Storyが客体(他者・舞台・音楽等)を触媒としてあらわれる物語であるのに対して、Narrativeは、主体の裡に生成される物語です。しかも、そのために働く必要のある「想像力」は感情が動かないと働かないものです。いわば「楽しい気分」、「新しい発見を喜ぶ気分」にならなければ働かないのです。それさえ動けば、「創造力」もおのずと生まれます。良く言われる「一体感」のようなものがワークショップに生まれることで、誰かを理解し、必要とし、誰か役に立っていると実感する「想像力と創造力」が働くのです。

「承認欲求の充足」を起点とした「自己肯定感」、「自己価値の確認」、「居場所の生成」という一連の流れは、「楽しくなければワークショップではない、歓びのある、達成感のあるワークショップでなければ」社会包摂型の使命は果たせないという、環境づくりによって担保できるのです。そして、その「変化」と一連の流れは、演劇や音楽やダンスそのものが引き起こす「化学反応」ではなく、それらを触媒として「私と、誰か」のあいだに起きるのです。その「変化」への誤解と曲解と勘違いがアーツワーカーたちにあることに私は危惧しています。芸術は決して万能ではありません。しかし、「私と、誰か」のあいだに共有価値をつくる強い力と機能は潜在しているのです。

中途退学者と遅刻者・問題行動の激減というアウトカムで全国及び文化庁に「先進事例」として高く評価されている県立東濃高校のワークショップは、岐阜県教育ビジョンの策定に関わったり、松川教育長がそれ以前から私が就任以来毎年夏にやっている平田オリザさんの新任教員向けワークショップの視察に見えたり、演劇やクラシックの事業を鑑賞に見えたりとのお付き合いはありましたが、明治期に岐阜県で設置された三つの旧制中学のひとつである県立東濃高校の著しい地盤低下に心を痛めていたようで、当初は「芸術コースをつくって立て直したいので手伝って」との申し入れがあって始まりました。ともかくも学校訪問をして授業参観を、という話で「問題校」というからにはガラスが割れて、落書きされた痕があるような学校を想像していたのですが、休み時間にもかかわらず静かで、「問題校=荒れている」という予想はものの見事に肩透かしを喰らいました。授業参観に立ち合ってその静寂が腑に落ちました。荒れる気力もない子どもたちがそこには居ました。当時は定員割れをしており、高校受験の意志さえあれば入学できるという高校でした。そのあとに今後の展開を協議するために松川さんをはじめとする県教育委員会の幹部と机を囲んだのですが、足先から痺れるような冷えがのぼってきて、指先が凍えるような寒い日だったことを憶えています。

「芸術コースを」ということでしたので、ダンスは以前瀬戸市の『アートファミリー瀬戸』という多分野のアーツ・ワークショップをコーディネイトした時に来てもらった千葉県在住のヒップホップ・ダンサーのご夫婦に来てもらおうか、音楽は可児市にはポール・マッカートニーやグラハム・ナッシュや桑田佳祐、長渕剛などが愛用する「世界のヤイリギター」があるのだからアコースティックギターを取り入れたらどうだろうかなどと考えていましたが、松川教育長の「最初は演劇で」という意向で演劇的手法によるコミュニケーション・ワークショップを「ゲーム感覚」で楽しめるように仕立てて学校に入っていくことに決めました。

当然ですが、「演劇」をやりたいと思っている生徒は皆無です。「荒れている」より難しい「気力のない」、「拠り所なく漠然と生きている」、しかも社会に出て自立した生活するうえで必須となる「社会的相続」を受けていない生徒ばかりなのですから、非常に難しいワークショップになるのは必定です。そこでアーラに就任してすぐに見たワークショップで、「ほぼ達人の域」と数年ぶりの彼のアーツワーカーぶりに感服した、文学座の西川信廣氏にすべてを委ねようと決めました。「彼ならば」との確たる成算があったわけではありません。それでも、この東濃高校の生徒とのワークショップは彼を置いては誰にもできない、との確信はありました。教育分野への演劇の側からのコミットメント、という以上の日本の文化芸術における「常識」を社会包摂志向へブレイクスルーするための、かなりリスクは覚悟したうえでの「挑戦」でした。

この成算の見込みの薄い挑戦によって、幸いにも当初にワークショップを受けた一年生の卒業時には、それまでおよそ40人前後で推移していた中途退学者が9人に激減することになったのです。このワークショップ実施の特命を受けて県教育委員会から東濃高校の教頭に赴任していた現教育主管の堀貴雄氏が、校長として赴任した不破高校でも西川氏をリーダーとする文学座チームのワークショップが始まり、ここでも30人前後で推移していた中途退学者は4人にまで激減しました。遅刻者は1日当たり19.7人だったのが4.9人に、特別指導件数は年23件から8件になっています。不破高校は社会的インパクト評価(SROI)の対象にはなっていませんが、東濃高校については一昨年度から専門家が基礎的調査とヒヤリングに入っており、先述したように一昨年度は9.86、昨年度は何と16.7という驚くべき数値をアウトカムしました。

先日、オペラアーツ振興財団の山田理事長と藤原事務局長が視察に見えましたが、その時にも「オペラの普及とか愛好者開発」と「生きづらさや生きにくさの中にある人間に向かう」社会包摂志向のコミュニティ・プログラムとは径庭の隔たりのあるものであることを繰り返し伝えました。これは演劇でもダンスでもクラシックでもまったく同じです。アーチストが自己利益のために行うものではなく、利他的なプロジェクトであり、結果として当該芸術にロイヤルティを感じる人が出てきて自己利益にフィードバックされることはあるかも知れないが、それをミッションするものでないことを私たちは明確に自覚すべきなのです。「オペラを通して培ったスキルと音楽的知見」を触媒にして「誰かと誰かのあいだに」、承認欲求の充足とか仲間の形成とか社会的相続の起動が「化学反応=新しい価値」として起きて、それが起きた場所、充たされた場所を「居場所」とするのが目的であり、オペラはあくまでもその化学反応のための「触媒」であるということを申し上げました。「鑑賞者開発」のための活動とは隔たりのあるものであり、「劇場課題」ではなく「社会課題」に文化の社会包摂機能活用することだとしっかりと意識してプロジェクト開発を進めて、具体的なスキル開発をすべきなのです。

数年前に公文協の研究大会で、それまで実施していたアウトリーチとワークショップが鑑賞者開発の目的でなされているのが明白であるのに、「社会包摂」をテーマとしたシンポジウムで、そのすべてのプログラムをそのまま「平行移動」させて包摂型プログラムをやっていると臆面もなく語った、劇場音楽堂等活性化事業で「特別支援」に選ばれている館の担当課長がいたのには呆れました。ここを混同している劇場関係者、文化関係者は非常に多いのです。これは「時流に便乗して、詐称する」といういわば犯罪的なことと思っています。いろいろな誤解と曲解と思い込みが連鎖してしまうからです。勉強すべきです。自ら「変化」すべきです。結果的に「鑑賞者開発」と「資金調達環境のブルーオーシャン化」は実現するかもしれませんが、それは副次的なアウトカムなのです。その数値化によるソーシャル・ブランディング(対社会へのコミットメント=社会的信頼)に向かう政策エビデンスの一要素がSROI分析なのです。

SROIとは、Social Return on Investment(社会的投資収益率)の略で、県立東濃高校を例にすれば、仮に100万円の事業実施予算で行ったワークショップの効果が1670万円の行政コスト(社会コスト)の削減を実現したことになる、というもので、「貨幣価値換算された社会的価値」とも言われます。昨年度の東濃高校の調査では、遅刻者・問題行動に関わる教員の負担を時給換算して数値化することにより、より精緻な数値を追求した結果がこの数値となりました。これに、生徒の家庭環境の「変化」であるとか、卒業後の就職先での評価による当人の「変化」等を調査すれば、より精緻な数値化が可能になります。本来、SROIによる「変化」の数値化は、社会的インパクト債(Social Impact Bond)という金融商品における投資家からの投資に対する利子計算に付随して考えられたものであり、SIBでの「変化」にともなう行政コスト及び社会コスト削減による、投資に対する利子率の母数を算出するための変数です。

つまり金融商品における投資に対する配当を算出する基になる数値ですから、本来的には相当信用度の高いものでなければならないのは言うまでもありません。経済波及効果や雇用効果の基となる産業連関表と同等か、それ以上に信用性の高い数値である必要があります。それがいまのところは「マキシム効果」と「ミニマム効果」というように振り幅が大きくなるひとつの主因としては、調査に多くの時間と労力が払われる性質を持った調査であることで、その精緻さが予算の多寡に左右されてしまうのです。したがって、今後この社会的価値の変化を数値化するためのスタンダードを創出するために、私は国家機関による調査手法の研究作業が必要ではないかと思っています。政府自治体の責務である「社会的価値創出」及び「変化」をもたらす政策を、財政の逼迫により民間からの投資に頼らざるを得ないという時代的必然により生まれた評価手法という背景を鑑みれば、SIBの基準整備は国の機関が責任を持って行うべきと私は考えます。

閑話休題。県立東濃高校で仮に年間40人の中途退学者を9人に減少させ、年間30人の中途退学者を回避できたことは、高卒者の生涯賃金を1億6000万円とするとおよそ48億円の経済損失を地域社会は回避できたことになり、国民負担率43.4%のうち25.6%が租税負担率であるから12億2880万円の納税がなされ、社会保障負担率が17.8%であるから8億5440万円の社会保障費が納められることになります。合わせれば、20億8320万円の財政収入が生まれることになります。日本財団の『子どもの貧困による経済的損失レポート』によれば、40歳を輪切りにすると中卒者・高校中退者の4人に1人は無業者であるが、高校卒業者になるとそれが10人に1人になると報告されています。つまり、納税者と社会保障負担者が飛躍的に多くなるのと同時に、社会保障受給者が激減するわけです。つまりは放置すると税収入が激減して、社会保障費が膨らんでしまうという事態を回避できても行政コスト(社会コスト)が激減するのです。また、日本財団子どもの貧困対策チームによれば、0歳から15歳の子ども約1760万人のうち生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭に属する子どもを仮に貧困状態にあると定義して、約260万人の子どもの現状を手当てせずにそのまま放置すると、今後、所得で42兆9000億円が失われて、財政収入は15兆9000億円が失われる、とされています。

私たち日本人は「経済は永遠に成長し続けるもの」と思い込んでいます。そのために経済成長に資する人材を輩出する教育を至上のシステムと評価させられるように刷り込まれてきました。「学歴至上主義」の社会とは一部の学業成績の良い生徒を重視して、それ以外の多数の生徒とその将来を軽視し、あるいは排除することで成り立っている、誤った「常識」と言っても過言ではありません。少子高齢化にともなう生産年齢人口の減少は、どのような技術革新があったとしても、社会を縮小再生産に向かわせます。そのような時代にあっては、私はむしろ地元に就職する子どもたち、あるいは就職せざるを得ない子どもたちを「地域社会に持続可能性をもたらす存在」として評価すべきではないかと考えています。

スウェーデンの社会政策研究者イエスタ・エスピン・アンデルセンは、「社会的相続」を所得の相続と同等か、それ以上に重要視すべきものと断定しています。「社会的相続」とは、生活習慣や自制心や倫理・道徳感、米国の心理学者アンジェラ・ダックワースのいうGRIT(歯を食いしばって頑張る能力)、対人作法等、子どもが将来にわたって社会で自立するのに必要な能力が引き継がれるかということで、通常は、というより以前は家族や、近所・学校で形成される小さなコミュニティ=仲間のあいだで相続されてきた「非認知能力」と呼ばれるものです。これが格差社会の進行で家族が機能しなくなってしまい、あるいは社会に出てから、または結婚してから発達障害が認められるようになった親のもとで育つこと等によって、今日は「社会的相続」の起きづらい傾向にあると言われています。それに付随して「10歳の壁」ということも言われています。小学校三年生、四年生(10歳前後)を境にして、「社会的相続」のなされた子とそうでない子のあいだに「認知能力=学力」に著しい差が出来て、その差が経年にしたがって拡大することが報告されています。(日本財団『家庭の経済格差と子どもの認知・非認知能力の関係分析』)勉強が分からなくなり、しかも「社会的相続」がなされていない子どもが誰からも「承認欲求」を充たされない、あるいは「自己肯定感」が持てないとすれば、その存在自体が現実の社会生活とはぐれてしい、「生きている実感」が欠落してしまうのは当然のことです。「希望格差」や「夢を奪われた子ども」はこうして生まれてしまうのです。

「社会的相続」がなされていない子どもは、概して「承認欲求の充足」がなされていないことが窺われます。承認欲求とは「存在の欲求」と言えます。人間誰しもが持っていて当然であり、生きている存在価値を認められることであり、「必要とされている・愛されている」ということでもあります。「家族からも承認欲求を充たされていない」とは東濃高校の、私がリスペクトしてやまない平井校長先生の言葉ですが、生徒たちから聞き取ったエピソードから、彼らは小中学校の教員からも、クラスメートからも承認されない、さらに言えば「いじめの対象」にもならず教室の隅にいる存在のまま15歳まで生きてきたということではないかと、私は感じていました。東濃高校のワークショップで彼らの中に起きたのは、「自分が必要とされている」という実感であり、「自分の存在が誰かの役に立っている」という実感、すなわち「存在の飢餓」を癒す「承認欲求の充足」だったと私は強く確信しています。

それが「自己肯定感」や「自尊感情」となり、承認欲求の充たされた場所であるクラスが「居場所」になり、「社会的相続の起きる場所」になるという循環が起きたに違いないと思っています。そうでないと、3000をはるかに超える遅刻・問題行動が3分の1以下になるはずがないと思います。私たちが学校に入って行った頃の東濃高生は「傘を持っていなかった」という、今では笑い話になっているエピソードがあります。朝起きて雨が降っている、あるいは降りそうだとなると学校に行かない、というのです。学校が、そしてクラスが彼らにとって心の安らぐ「居場所」ではなかったのです。遅刻の激減にはそういった因果関係にあると私は思います。9.86とか、16.7という社会的投資収益率の数値は、そのような「変化」の結果なのだと考えています。私は社会的投資収益率の数値を成立させている「変化」を学際的に分析して説得力のあるロジックを組み立ててこその政策エビデンスになると思っています。その学際的なロジックによる検証実証の設計も、私は国の機関で行うべき時なのではと思うのです。

ともあれ、岐阜県教育委員会と劇団文学座の連携協定の締結は、プロジェクトが始まってから7年目の到達点であり、教育と演劇の連携による社会課題の解決に向かう社会包摂・共生社会実現へ向かうパイロット事業の、私たちはようやく門の前に立つことが出来たのだとの感慨を持っています。

最後の達成感は、日本劇団協議会が文化庁からの補助を受けて、加盟劇団と劇場音楽堂等及びNPOをはじめとする公共的団体とのマッチングによる社会包摂プログラムの実施に対して、旅費交通費・謝金を10分の10で(いわば劇団・劇場音楽堂等は裏負担のない)資金提供をする『演劇による社会的包摂プロジェクト』(今年度から『やってみようプロジェクト』に事業名変更)が、昨年度からマッチング数を少しだけ増えたことです。私と当初から、劇場ホールとNPOが協働して全国的な拡がりをつくろうと考えていました。九州から東北までの地域の劇場音楽堂等と加盟劇団とのパートナーシップの成立を企図して、今年度に向けて私が9施設に声掛けをして14プロジェクトとして文化庁にアプライしたのですが、残念ながら要望金額を削減されて6プロジェクトになってしまいました。声掛けした劇場ホールからの企画内容には「児童養護施設」の記載のあったところが多く見受けられて、期待していたのですが、補助金審査の壁は高かったと感じました。

今年度マッチングされた劇団と施設・NPOの一覧を書きだしてみます。どのような活動が行われているのか、その内容が窺い知れると思います。

【コミュニケーション・ワークショップ。】
1) 劇団朋友×都立石神井特別支援学校
2) 劇団朋友×社会福祉法人はるび(はるびの郷)
3) 劇団朋友×西荻北児童館
4) 劇団朋友×社会福祉法人光明会(児童養護施設杉並学園)
5) 劇団銅鑼×日本労働者協同組合ワーカーズコーポ
6) 青年劇場×福岡市・なみきスクエア
7) 兵庫県立ピッコロ劇団×小野市うるおい交流館エクラ×NPO小野市国際交流協会
※要望額の削減で補助対象を外れたが、青年劇場×福岡市・なみきスクエアが自主財源で実施となりました。
【エディケ―ション・ワークショップによる意識とスキルの共有。】
1) ガイダンス
2) DIEコース in 東京
3) DIEコース in 兵庫
4) インプロコース
5) 教育コース
6) 検証ワークショップ
【演劇による「社会包摂活動」の調査研究】
選択と集中を行ってSROI調査を行い、実証性のある政策エビデンスを数値化する。

文化庁の当時の佐伯文化部長に提案書を持参して、その企図するところをご説明申し上げて、このようなプロジェクトを創出することで、劇場音楽堂等と劇団との信頼関係という関係資産を積み上げ、最終的な成果としてはアーラと文学座のようなコミュニティ・プログラムと定期的な公演を内容とする「地域拠点契約」の包括的提携契約の締結に結び付けば良いのでは、と私は申し上げました。その「地域拠点契約」という最終デザインは当初から考えていました。それが成立すれば、その何年か後には演劇の多様な機能が地域に「変化」をもたらすことになると希望的な見通しを持っていました。それが、演劇のみならず文化芸術の社会的認知と社会的価値の醸成に繋がるでしょうし、厚労省も財務省も文科省も自治省も、国土交通省さえも災害時に備えた互助社会形成で模索し、提言している支え合いの「地域共生社会の実現」に資するトライアウトになると確信しています。全国の隅々にまで2200もの劇場ホールがあるのですから、それらを「地域共生社会実現のための拠点施設」にすることで、新たな施設建設設置の予算は不要になり、地域社会の「変化」をより具体的に前に進めることが出来るのではないでしょうか。

それらの省庁は、貧困や介助や介護や教育格差を他人事とせずに「自分事」と捉えよう、と提言しているのですが、いくら声を大にしても経済成長の代償として壊滅的な打撃を受けたコミュニティを再生することはとても困難なことです。「自分ファースト」の価値観が社会的病理のように蔓延しており、朝日新聞とベネッセ教育総合研究所の共同調査によれば経済的要因を主たるものとする教育の格差を「当然」、「やむをえない」と容認している保護者が62.3%と過去最大になったことが明らかになりました。未来への投資と位置付けられる格差の解消さえも、「自分事」とできない「つながりの貧困」が蔓延しているのです。保育園はうるさいから建設に反対する、児童養護施設の移転建設は地元の学校が荒れるからと住民が反対する、という私の近くで最近起こっている事象も、「自己利害を最優先にする」、他者への関心の欠落と「つながりの喪失」によるものと感じています。しかし、声を大にして国が、あるいは各省庁が、他者の悲しみや苦しみを「自分事」にしようと言っても何かが変わるとは到底思えません。それよりも、現実的に人と人のつながりをつくる文化芸術の社会包摂機能を駆使しての「共生社会の実現」のための活動を、誠実に積み上げるべきなのです。そのための日本劇団協議会の『演劇による社会的包摂プロジェクト』でなければならないと私は思っています。この補助金は3年目の今年度が継続最終年と私は思います。しかし、成果さえしっかり出せば、来年度から再び3年間の継続事業として採択されるチャンスはあります。その時は、全国の意欲のある劇場と加盟劇団をマッチングして、共生社会実現の拠点施設としての地域劇場の創出と、演劇の強力な社会包摂機能による演劇の社会的認知と公共性認知への「第一歩」にしたいと考えています。

現在、政治が責任を持つべき「税と社会保障の一体化」の破綻は目に見えています。ならば勇ましい掛け声を国民に発するという虚しい作業ではなく、地道な活動の積み重ねにこそ公的な支援を向ける時機に来ていると、政治家も官僚も気付くべきなのです。「悲しみと苦しみと、そして喜びをも分かち合う行為としての納税」とその拠点施設である劇場音楽堂等の機能を、もう一度再確認してもらうための地を這うような活動こそが、シューペンターの「資本主義はその成功がゆえに土台である社会制度を揺さぶり、自壊させる」という言葉を、いま一度吟味しながら、つまり走りながら前を向くことになるのではないでしょうか。いま一度書きます。「人間を大切に思わない政治は政治ではない、人間の心に届かない思想は思想ではない」と私は確信しています。そして、私がこの年度末に感じた達成感は、決して到達点ではなく、立ちはだかる壁を前にしての、単なる通過点に過ぎないと深く思うのです。私の構想する「人間の家」への道程は「終わりがない旅」なのだと実感しています。

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