エッセイ

「あーとま塾」を再開します。― ゼミ形式で劇場の諸課題を解決するデザインを描きます。

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

2000年代に入って早稲田大学の講師から県立宮城大学・大学院の教員に転職してしばらく経った頃に、言葉だけが先行して真に現場に役に立つアーツマネジメントとアーツマーケティングを深堀したいと早稲田大学の学生から申し出がありました。早稲田大学ではアーツマネジメントに割かれる時間数が限られており、後期の2時限ほどを受け持ってアーツマネジメントとアーツマーケティングを教えていた私に是非とも勉強会をやってくれないかとの申し出があったのです。当時は週に3日間だけ宮城大学に出かけ、月に10日前後は地域に講演に行っていたりした程度でしたから、1ヶ月に1度くらいの「あーとま塾」は、私にとってもちょうど良い学習の機会と考えました。最初の頃は学生が多かったのですが、皆が卒業するようになると学生は少数派になりました。

その後は、私の周辺にいた自治体関係者、文化財団関係者、芸術団体関係者、アーチスト、早稲田大学や宮城大学OBOGたちが常時10名前後集まって、四谷三丁目の裏通りにある新宿区立三栄町社会教育会館の部屋を借りて、部屋の賃借料と2リットルのペットボトル代をシェアするのが唯一の参加条件で負担は各自300円程度でした。ハーバートビジネス・レビュー掲載のマーケティング関連の論文や、最後の頃は当時出版されてこの種の書籍では爆発的に売れていたジョアン・シェフ・バーンスタインの『芸術の売り方』を教材として、かなり先進的なマネジメントとマーケティングの議論を繰り返していました。可児に来た最初の年は、週のうち可児に3日間、仙台に3日間、東京に1日間という日程でしたし、地域での仕事が入ると東京の1日を充てることになり、東京にはまったく戻れない週もある有様になり、可児に常勤になってからは、「あーとま塾」のためにだけ火曜日の休館日に東京に戻ることもありました。それでも、「生きたアーツマネジメントやアーツマーケティング、文化政策」を学びたいという塾生たちの熱意には励まされることばかりでした。また、塾が終わってから1時間半程度の飲み会は皆の近況を知るためにはとても楽しい時間でした。この集まりは2008年9月まで続いていました。

大学を辞して可児市文化創造センターに職場を移してから9年が過ぎて、休止していた間に「第三次基本方針」、「劇場法」と「大臣指針」、そして「第四次基本方針」が出て、劇場音楽堂等と文化芸術の外部環境は大きく変化しました。それもあって、「あーとま塾」を今年の12月からアーラで再開しようと思っています。4か月に1度程度の開催で1泊2日、その都度、時宜とテーマに合致する講師を招いての最新の劇場経営手法の探求と検証して、それをどのように日本の行政風土や日本人の心性へアジァストさせるかなどを討議することで、「鑑賞者開発とマーケティング」、「社会包摂による支持者開発」、「ハコモノからの脱却」、「社会的投資回収率(SROI)による経営エビデンス」、「雇用環境の改善とモチベーション3.0」、「チケット等の価格政策とその経済合理性」、「貸館事業の社会的効用」等、正しいマーケティング理論と経営理論による劇場経営と地域経営と文化政策の新しい視点とその根拠を明らかにして、「常識」に縛られている劇場経営の現在を明らかにして「未来志向」の理論構築を進めていければと思っています。「あーとま塾」として、しっかりとした政策提案を発信していきたいと思っています。

「社会包摂に風が吹いているから来年度からそろそろ包摂型事業を始めようか」と言っている劇場関係者がいると仄聞しましたが、補助金や助成金の積み増しや獲得が目的化している昨今の風潮に私はいささか嫌悪感を持っています。「政策提案」を実現する手段が補助金であり、助成金であるのは言を待ちません。「政策提案」のできない劇場人は単なる「興行師」でしかないと思っています。否、「興行師」は相当の収益をあげますが、収益もあげられない劇場関係者は単なる「ディレッタント」、あるいは「ゴロ」でしかないと私は思っています。「劇場経営」と「地域経営」の芽は、日々の劇場業務や劇場人の人間や社会との向かい方の中にあります。社会の変化へのアンテナの受信力やカスタマー・ファーストの顧客志向を徹底的に磨き上げることからしか生まれません。真昼の空に星を見出す眼と、生きづらさを感じている人々の苦吟を聴き取る耳を持つことからしか、対人サービスである劇場と文化芸術と社会との関係の在り方に変化をもたらそうとする「政策提案」の芽吹きは起こりません。「何に貢献したいのか」、「どのように役に立ちたいのか」、「誰のために使命を果たしたいのか」がなくて、補助金獲得が目的となっているのでは、まったくの主客転倒です。「目的と手段」を取り違えている劇場関係者には、先に挙げた「あーとま塾」の課題の何ひとつに答えは見出だすことはできないでしょう。

また、私には全国2200あるとされる公立の劇場音楽堂等は、2010年前後から二極化の時代に入っているとの現状認識があります。大括りに言えば、100館前後の比較的事業予算に恵まれて補助金・助成金・企業団体協賛という資金調達をしている施設と、事業費がほとんどなく、あるいは僅かで、施設も老朽化していて、人材についてもパートやアルバイトや契約という非正規職員の多い組織で運営している施設との二極化です。見方によっては淘汰の時代が始まったと言えるのでしょうが、私は、その後者にも所与の条件下でも社会的・公共的役割を担えるビジネスモデルを創出しなければならないと考えています。私たちは、たとえば自主事業をやることが施設の設置目的であるという「常識」、あるいは「義務感」から自由になっていないのでは、と思っています。「常識からの自由」こそが「変化」の種子です。また、可児市文化創造センターalaよりも大きい予算を持っているところはいくつもあります。指定管理料を含めた総収入が10億円以上というところも珍しくはありません。しかし、そのような劇場の事業規模をベンチマークとしていては切がありません。上を向いていては切がないのです。可児市文化創造センターalaにはそれほどの予算を持つ大規模館ではありませんが、それらの劇場にはない誰もの居場所となる体温のあるサービスはあります。それなら、予算が少なくても、人材が限られていても、何処であっても取り入れることのできる劇場経営の出発点になります。

たとえば150万円の事業費しかないのなら鑑賞型の買い取り自主事業から一切撤退して、地域社会の課題解決に文化芸術の社会包摂機能という第三次及び第四次基本方針にある要請を活用して、そのためのセンター機能を持つこともひとつのビジネスモデルにはならないだろうか。高みをより高くすることだけが「あーとま塾」のミッションではなく、文化芸術や劇場が住民の生活を健全な方向に誘引する役割を果たすことで社会のニーズに対応する施設へとリデザインして底辺の底上げを図ることも大切な使命であると考えています。すべての住民が「幸いの中で生きる権利=幸福追求権」を担保する拠点施設を拡張させて、アンソニー・ギデンスの言う「積極的福祉」のための拠点施設、「文化国家」の基盤と環境を創り上げることも「あーとま塾」を再開する意味であると考えています。

したがって、参加者の劇場ホールや地域社会が抱えている課題解決を俎上にあげて、その解決策を全員で探るゼミも設けたいと思っています。そういう使命を持つ以上、若手・中堅の職員・研究者のみならず意思決定権者である館長や中間管理職の参加も大歓迎です。「いま」を変えようという意欲と志を持っている人々ならば「あーとま塾」の門戸は誰にでも開かれています。


「あーとま塾」の詳細はこちらのHP http://www.kpac.or.jp/event/detail_714.html
または、以下のPDFファイルをご覧ください。

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