エッセイ

可児と世界の架け橋に ― 多文化共生プロジェクト『ウエストサイドストーリー』。

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

可児と世界の架け橋に ― 多文化共生プロジェクト『ウエストサイドストーリー』。

先週からアーラで多文化共生プロジェクト『WESTSIDE STORY』が始まりました。中国、ブラジル、フィリピン、そして日本の四カ国14人が集って、さまざまなコミュニケーションゲームをやり、名前を憶え合い、特技を披露しあいました。和気藹々の雰囲気で時間が過ぎていきました。何かが出来ていく、と予感させる空気がみなぎっていました。少なくとも、お互いが随分と以前から知り合っていたように解け合っていました。7月の第四日曜日に開かれるアーラ祭でのパフォーマンス上演に向けて上々の滑り出しです。

可児市には外国人登録者が34ヶ国6675人も住んでいます。それから見ればたった四カ国、たった14人かもしれませんが、ともかくも「最初の一歩」は踏み出しました。日本語とポルトガル語と英語のチラシを作りました。ワークショップでもいろいろな国の言葉が飛び交いました。無理に日本語で交流する必要はない、というワークショップ・リーダーの方針で、皆がとても自由に、肩の力の抜けた交流になりました。

これだけ多くの外国人の方々が生活をしているのに、昨年までのアーラには外国人と可児市民が打ち解けあうプロジェクトはありませんでした。私がアーラの館長兼劇場監督になる契機のひとつに、それだけさまざまな文化が共生しているまちにある劇場は豊かな環境にあると言っても良いだろう、という判断がありました。少なくとも、その可能性をはらんでいる劇場に違いないという気持ちがありました。

私が敬愛してやまない地域劇場ウエストヨークシャー・プレイハウス(WYP)のある北部イングランドのリーズ市もまた移民と移民の子孫の多い町で、リーズ市の社会教育科にはEnglish as second language (英語が母国語でない人、つまり移民のための英語クラス)というプログラムがあるくらいです。そして、その多くの異文化の人々に対してWYPはさまざまなプログラムを用意しています。ある年はカリビアン系の人たちのためにカリビアン・ミュージカルを白人たちも多数参加して製作して一ヶ月もの公演をします。またある年にはインド系の人々のパフォーマンスだったり、アフリカ系の人々のミュージカルだったりもします。

大切なことは、その舞台製作の「結果」ではなく(もちろん舞台成果は文句なく楽しいのですが)、「プロセス」です。その「プロセス」で、さまざまな文化を持った人々が集い、交流し、交じり合い、時間と空間と体験を共有することです。そのことがリーズ市の人々の豊かな生活や安全な暮らしを下支えしていると言えます。まさに多文化共生です。つまり、劇場がまちの人々の福祉に貢献しているのです。私がウエストヨークシャー・プレイハウスを地域劇場の理想とするのはそのためです。むろん、ロンドンのナショナル・シアターに招かれるような素晴らしい舞台も創っています。その両立を果たしているのがこの地域劇場の底力だと思っています。

多文化共生プロジェクト『WESTSIDE STORY』に参加している一人ひとりが、可児と世界を結ぶ架け橋の、ささやかですが、しっかりとした橋脚のいしずえになってくれるのではないかと、彼らの表情と、彼らがかもし出す雰囲気に触れながら思いました。劇場という場所では、言葉が違うことなど大した問題ではありません。そもそも一人ひとりがみんな違っていて、違っているから豊かなのです。違うから素敵なのであり、楽しいのです。本当の豊かさがそこにはあると私は思うのです。

多文化共生プロジェクトはこれから毎年、さまざまな国の、さまざまな人たちを結びつけていくことでしょう。いろいろな交流と友情を育んでいくと思います。そのひとつひとつの「和」と「輪」がいつしか可児と世界をつなぐ架け橋になっていくに違いないと思っています。私は、いつまでも彼らが互いにかけがえのない友人であり続けることを望んでいます。

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