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エッセイ

「時限爆弾」を抱え込んでいる公立劇場・ホール― 非正規雇用率の高い職場からは優れた劇場音楽堂は生まれない。

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

全国の主だった劇場ホールの館長、支配人クラスに、仕事の合間を見て、雇用構成についてのヒヤリングをしています。4月末にも東京に出張した折に、世田谷パブリックシアターの劇場部長の楫屋氏とアウルスポットの支配人岸氏にインタビューをさせてもらいました。可児市文化創造センターalaの館長兼劇場総監督に就任してから、立場上、研究者であること、演劇評論家であることから実質的には撤退しているにもかかわらず何故そのような調査をしているのかと言えば、2003年6月に公布されて、同年9月に施行された地方自治法244条の一部改正にともなって導入された指定管理者制度以降、公立の劇場ホール職員の非正規雇用率が急速に高まっている、と感じているからです。クロス集計できる、しかも経年比較できる正式な調査を全国公文協の松本常務に提案してはいますが、いまのところは私の実感に過ぎませんが。

日本の非正規雇用率は2011年で35.1%ですが、公立の劇場ホールのそれは、ヒヤリングの印象としては2倍の数値にはなるのではないかと感じています。その背景を考えると、おおよそ三つの理由が浮かび上がってきます。それらは別個の独立した要因ではなく、複雑に絡み合って非正規雇用率を押し上げる圧力になっていると考えられます。

ひとつは指定管理期間との整合性と言えます。制度導入時はおおよその文化施設は指定管理期間が3年である場合が多数でした。現在は5年が通常であり、8年、10年という事例も散見できるようになってきています。この「3年」が非正規職員の雇止めの年限になっているケースがほとんどです。これは、労働基準法第14条の「労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、3年を超える期間について締結してはならない」がおそらく根拠となっており、それに準じているのではないかと思われます。しかし、この規定は「3年以上雇用してはいけない」との趣旨ではなく、1回の契約期間として3年を超えてはいけないということなのです。ただし、公認会計士、弁護士、医師等の高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者、及び満60歳以上の労働者等との労働契約の期間は5年とされています。その他に契約期間5年の要件としては、博士の学位を有する者博士の学位を有する者、国等によって知識等が優れたものであると認定された者などが特例として決められています。

つまり、劇場ホールで現行されている「3年雇止め」は、「1年間の契約期間」と「3年を超える期間について締結してはならない」を慣例的事例として自己都合で解釈しているに過ぎないのではないかと疑われます。決して「3年以上雇用してはいけない」の趣旨ではないにもかかわらず、です。しかも、厚労省による「就業形態の多様化に関する総合実態調査」においては、契約社員について「特定職種に従事し、専門的能力の発揮を目的として雇用期間を定めて契約する者」と規定していて、世田谷パブリックシアターの劇場部長やアウルスポットの劇場支配人が有期雇用である点を見ても分かるように、アーツマネジメントの技能と経験集積を持つ者を「高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者」とは見ていないことを如実に物語っています。

昨年8月に労働契約法が一部改正され、本年4月に施行されました。これによると契約期間が同じ組織で通算して5年を超えて働いた場合、本人の希望で無期雇用に転換できるのが改正の大きな柱です。分かりやすく改正により変わった部分を整理すると、有期雇用に関して三つのルールができたのです。(1)同じ企業で契約を更新し通算5年を超えた者は、企業に申し込むことで期間を定めない雇用(無期雇用)に転換できる。この5年は今年4月以降から数え始め、過去の分はカウントされません。(2)契約が何度も更新されて長く働いている者は、正社員の解雇と同様、合理的な理由がなければ雇止めにはできない(3)有期雇用を理由とした不合理な労働条件を禁止する。賃金や福利厚生などの労働条件は、仕事内容や責任の程度などで、合理的な理由がなければ、正社員と差をつけてはならない、となります。

この改正された労働契約法によって、20代、30代の若い劇場ホール職員の雇用契約が劇的に変わるとは私には思えません。相も変わらず「1年契約の3ヶ年で雇止め」の実態は続いていくと思われます。ここには大きな「問題」があるのですが、それについては後述することにします。法改正によって喫緊の問題となるのは、従来から反復更新をしてきた技術職員、業務委託者(請負契約)、有期雇用の管理職員たちの処遇です。改正法では「施行後」から契約年数が計算され、施行前の勤続年数はカウントの対象になりません。したがって、2018年4月まで有期労働者は無期への転換を申請できないことになります。となると、劇場ホールにおいては「2018年問題」が大きくクローズアップされます。つまり、2018年2月で上記の対象職員を雇止めにする、すなわち4年11ヶ月での雇止めが起きることが考えられます。そうなると、劇場ホールの機能は劇的に減衰することになります。いまから方策を考えないと、大変な事態を招くことになるのは自明です。

今年3月29日に告示された「劇場、音楽堂の事業の活性化のための取組に関する指針」、いわゆる大臣指針では、「3.専門的人材の養成・確保及び職員の資質の向上に関する事項」に、
(2) 設置者又は運営者は、その設置又は運営する劇場、音楽堂等の設置目的及び運営方針を踏まえ、当該劇場、音楽堂等の事業の実施に求められる専門的人材の範囲の特定、確保の方法、職制等を明確にし、専門的人材を配置するとともに、各自の能力を十分に発揮し得る職場環境を確保するよう努めるものとする。この場合において、設置者又は運営者は、その設置又は運営する劇場、音楽堂等の実態等を勘案しつつ、次の事項に留意する必要がある。
【1】その設置又は運営する劇場、音楽堂等の設置目的を実現し、運営方針を踏まえた劇場、
音楽堂等の事業を実施するために必要な専門的人材が配置されている施設にあっては、より質の高い事業を継続的に実施する観点から、年齢構成に配慮しつつ、分野ごとに必要な専門的人材を適正に配置すること。また、劇場、音楽堂等の事業を管理運営する能力を有する専門的人材を配置するに当たっては、質の高い事業を実施するため、各事業間相互の連携が図られるよう配慮すること。
【2】 【1】以外の劇場、音楽堂等にあっては、(1)に例示した専門的人材の能力の類型等を勘案しつつ、その設置又は運営する劇場、音楽堂等の事業の実施に求められる専門的人材の範囲を検討するとともに、職制を整理し、専門的人材の配置及び充実を図ること。
とあり、「専門的人材の範囲の特定、確保の方法、職制等を明確にし、専門的人材を配置するとともに、各自の能力を十分に発揮し得る職場環境を確保するよう努める」を努力目標として前提に置き、「より質の高い事業を継続的に実施する観点から、年齢構成に配慮しつつ、分野ごとに必要な専門的人材を適正に配置すること」と、偏りのない人事構成を図ることで高品質の事業の継続性を担保しようとしています。この考えは雇用環境の現状を鑑みて正鵠を得ていると言って良いでしょう。

しかし、現行では、そしてこれからも、前述したように、若い職員の採用は「1年契約の3ヶ年で雇止め」が一般的であるままでしょう。つまり、大臣指針にあるような各世代均等な人事配置ではなく、逆ピラミッド型になっているのが現実なのです。いや、逆ピラミッドか型どころではありません。漏斗を逆さにしたような組織になっています。所属する常勤のプロパー職員は開館当時に採用した人間にとどまって、いまその彼らが40代の半ばを過ぎて、あとは行政からの現職派遣職員と短期の有期雇用職員という構造です。今後とも、技術集積と社会関係資本集積が起こるのは40代半ば以上の職員だけということになります。つまり、公立の劇場ホールの多くは、10数年でメルトダウンする「時限爆弾」を抱え込んでいる、ということになります。集積のない組織が崩壊するということは、インストチュート(機関)ではなくなり単なるファシリティ(施設・建物)に堕してしまうことを意味します。つまり、「完全なるハコモノ」に堕するということです。前述した「大きな問題」とはこのことを指しているのです。

指定管理者制度や劇場法のことを研究論文にして発表する学者は少なくありませんが、これを「雇用問題」として、さらには劇場ホールの将来の危機として論じている学者・研究者は皆無です。どうやら彼等は、節穴程度の洞察力しか持っていないようです。学績よりも、現実社会に役に立つ研究業績の方がはるかに優れた研究だと思うのですが、そう考える学者・研究者はいないようです。かつて研究者だった私としては、自戒の念を込めて「あなたたちの研究とやらは何の役に立っているのですか」と言いたい。「科研費などの税金を使って、あなたたちは何がしたいのですか」と厳しく問いたいのです。かつてはフィールドワークで現場主義をとっていた学者も、いまでは研究室に引き籠ってしまいました。現場から立ち上げない学術研究は空中闊歩に過ぎないことを、彼等は知るべきです。現場から立ち上げない研究は、現実の課題解決の一助にもならないことを知るべきです。閑話休題。

石川県立音楽堂での館長へのインタビューでは、そういった雇用形態となっているのには自治体の方針があるから、ということでした。これはびわ湖ホールを抱える滋賀県もしかりであろうし、世田谷パブリックシアターの世田谷区しかり、アウルスポットの豊島区しかりであることは容易に想像できます。つまり、「問題」の大本は自治体の見識の問題なのです。ハコモノ批判を嫌う自治体が、逆に一瀉千里にハコモノづくりに邁進しているという皮肉がここにはあります。

なぜそうなっているのだろうか。それは、バブル崩壊以降の「公務員批判」がその背景にあると私は考えています。バブル期とそれ以前の高度経済成長期には、人事院勧告のみに依拠して、給与が大きく積み増されることのない公務員は民間企業に較べて「良い就職先」とは言えませんでした。バブル期などは「公務員になどならない方が良い」という空気さえありました。それがバブル崩壊して、97年から現在まで、一貫して右肩下がりに勤労者給与が減少する時代になって公務員に対する風当たりが強くなりました。そこで、自治体は公務員の減員と定数遵守を図るようになります。現在の自治体には、正職員とほぼ同数の非正規雇用職員が存在していることをご存知でしょうか。

東京都専務的非常勤職員(芸術文化調査員)の募集(東京都生活文化局文化振興部)に際しての応募要件を見ると驚きを禁じえません。激しい憤り、強い怒りさえ覚えます。その応募要件は、「語学力(TOEIC730点以上相当)を有する方」、「アートマネジメントに関する専門的な業務実績を有する方」、「芸術文化分野の調査、研究の実績を有する方」、「学芸員の資格がある方」、という塩梅です。しかも、それだけ要件を並べておいて、契約期間はなんと10ヶ月という非常識。まさに不見識の極みと言えます。いかに職員定数を守ることに汲々としているかが逆に焙りだされる応募要件と契約期間です。

その流れの中で「準公務員」たる財団職員の正規雇用も憚るようになります。当然の成り行きなのですが、代替可能な一般事務職員ではないのに、です。あるいは専門職であるのに、です。一昨年、京都会館で公文協の公演をした折に、終わって休憩していると若い女性から名刺を差し出され、いくつかの質問に答えました。名古屋から就職先のびわ湖ホールに来ている職員でした。聡明そうな印象を受けました。きちんと受け答えのできる態度と礼儀をわきまえているその姿勢に、別れ際に思わず「頑張って」と声をかけたのですが、「この3月で退職なのです」と不意を突かれました。若くて聡明な女性だから寿退職かなと思いましたが、どうやら「雇止め」のようでした。その表情に落胆している様子がうかがえなかったことが、余計に彼らの「現在」を物語っているようで、これはゆくゆく大変なことになるという思いになりました。

多くの劇場ホールでは、20代、30代の若手正職員が不在で、10年後、20年後の長期的な展望を欠いているのです。ひとつには事業体としての空洞化が始まっていること、いまひとつは若い世代の技術職員、アーツマネジメント職員の育成計画がまったく欠落していること、そして彼らの未来に希望を与えていないこと。職場にいることで自然に集積される地域の人々との関係資本も、「雇止め」でリセットされてしまうのです。ふたたび零から県民市民との関係づくりを始めることになるのです。地域社会へのロイヤルティも形成されません。積んでは崩れ、崩れては積み上げるという、まるで「シジュホスの神話」を絵に描いたような徒労のきわみです。「三年目での雇止め」ということは、3年間積み上げた「資産」を一瞬で零にする、ということです。経済学的には「絶対損失」です。「応用問題」の解き方がようやく見えてきた人間の首を切って、方程式しか知らない人間を再び雇い入れる反復の愚を犯しているのです。診断履歴や薬の処方履歴が記録されたカルテのリセットを繰り返すのと同様の愚かさ。患者を継続的に診察し続けることの意味を無視した医療は何の成果も生みません。劇場ホールが現在行っている人事政策は同じことです。

これでは「優れた劇場音楽堂」をさらに進化させることには到底ならないでしょう。むしろ、「時限爆弾」を抱えて、座して死を待つだけの様相を呈しています。石川県立音楽堂の館長の言が印象的でした。「あと10年経ったら、東京から1000万円以上の年俸でプロデューサーを呼んでこなければならなくなる」、と彼は言っていました。県への静かな抗議に私には思えました。地域で人材を育てられない、またしても中央に凭れ込むことに対する自虐的な発言と感じました。「自治体はそれで良いのか」、「人件費を少なく見せる短期的な対応で良いのか」、「中長期的な展望は持たなくて良いのか」、「国民・市民が不在の文化行政にならないか」、「誰のための文化政策なのか」。私は激しく憤ります。

楫屋氏はその対策として資格検定制度の創設を語っていました。私見でいえば、舞台技術者は5年の現場研修でB級ライセンスの受験資格を得られて、通算10年の現場経験でA級、通算15年の現場経験でS級ライセンスの受験資格を得られる、という方法が考えられます。アーツマネジメント、アーツマーケティング、コミュニティ・プログラムのライセンスも同様の仕組みが考えられます。加えて所属長の推薦は必須として、現場能力を重視し、ライセンスの公式性を担保します。試験はペーパーテストと実技と面接で採点します。資格、受賞歴等は総合点に加算されるようにします。ただ、このようなライセンス制を実施するには、資格検定の発給団体の特定などいくつかのハードルを越えなければなりません。ただちに実施することは難しいでしょう。しかし、いずれにしても、公立の劇場ホールが抱え込んでいる「時限爆弾」にどう対処するかは喫緊の問題です。

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