連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第七十九回  「alaクルーズ」が岐阜県功労者表彰を受賞

可児市文化創造センターala 事務局長 山口和己

アーラとともに歩んできた、NPO法人alaクルーズが、このたび5月3日付けにより、岐阜県知事より岐阜県功労者表彰を授与されました。功績内容は、アーラの運営を支え、市民の文化芸術活動の支援を通じて活力あるまちづくりに貢献したというもので、「地域づくり」部門における唯一の受賞でした。 5月16日の晴れの授与式には、理事長と副理事長が出席、その後18日には可児市長に受賞報告をされました。

alaクルーズの沿革や活動については、前事務局長が第52回の館長VS局長で詳しく記載されておりますので、そちらを再読いただくとして今回は詳しくは触れませんが、私としては、我が事のようにうれしく、敢えてご紹介するものです。 平成8年10月に設置された「可児市文化センター基本構想市民懇話会」から「市民活動研究会」、「市民の会準備会」を経て平成13年11月に市民の会「alaクルーズ」が設立されました。アーラの開館が平成14年7月ですので、アーラとともに歩んできたと表現しましたが、アーラを先導してきたといってもよいかもしれません。平成16年11月には法人格を取得、現在の“NPO法人alaクルーズ”となり、現在に至っています。

功績の内容は、アーラにおけるボランティアスタッフとして、公演来場者のお出迎え、お見送り、座席の案内、入場券のもぎり、公演中の客席見守りを第1に、12月初旬から2月中旬にかけて、「水と緑の広場」にてアーラが実施するイルミネーション事業を共催し、メイン部分の物語性のあるイルミネーションの企画制作を継続していること、また、同事業に関連させたワークショップ「手作りランプをつくろう!」を企画実施していることなどです。 さらに、夏休みの期間に合わせて、アーラが実施しきれない分野において、鑑賞や展示の事業を企画実施し、このアーラの賑わいに大いに貢献しています。 これまでに、影絵公演や段ボールで生き物を作るワークショップを中心に造形作家の段ボールアート展、ユニークなパロディ作品を集めた「笑刻展」の開催や紙コップなどを活用した工作ワークショップなどが挙げられます。

はじめは市民の要望の取りまとめ役、市民を代表してのご意見番的存在であったこの団体が16年という期間でこのような評価を得るに至った過程には、スタッフの皆さんの努力は言うに及ばず、多くの苦労もあったのではないでしょうか。 同団体の理事長に伺うと、現在の会員は市内外全員で46名ですが、当初はこの倍ほどの会員がおられたそうです。高齢を理由にやむなく退会された方も見えますが、当初多く減った原因は、評論家タイプというか、意見や提案は得意でも実際に運営に協力していくことは苦手な方や、有名な芸能人、アーティストとお近づきになれると期待した、いわばミーハー的な人が、プロとしての劇場フロントスタッフになりきれなかった、といったこともあったようです。

今回の受賞は地元紙でも取り上げられましたが、理事長は「我々のようなボランティアの市民が、劇場のフロントスタッフとして携わることについて、見本もない中で模索しながら何とかやって来られたのは、アーラを運営する財団と仲間のおかげです」と、いたって謙虚に答えておられました。 一方、女性スタッフの代表でもある副理事長は、「有名人のサインをもらったり、歓談したり、公演を観たりできるのでしょう」という問いに、「全くそんなことは許されません。公演中もそれぞれの受け持ち場所で、遅れ客の方の案内、客席の見守り等で気は抜けません。ただ、スタッフ全員が出演者とともに1つの公演を作り上げているという満足感があります。ですから、お客様が帰られるときに笑顔とともに満足されたという言葉をかけてくださるたびに非常にやりがいを感じます」と言われました。

私自身、この先に「定年退職」という現実がちらついてきた今日この頃、この「alaクルーズ」のスタッフとして当財団の運営をサポートしていただいている諸先輩方の姿が以前にも増して眩しく見えるような感覚を覚えます。 それは、皆さんのようにメリハリがあって、やりがいを感じられるような第2第3の人生を意識していかなければいけないのだなあ、と意識するようになったからかもしれません。 現在、年金制度や定年制度が変化している過渡期にあって、私たち公務員には、専らの年金生活の前に「再任用」期間という選択肢もあり、実際の退職から3~5年は、何かしら社会に貢献できる機会は残されています。 できることであれば、収入などにはそれほど重きを置いていませんが、社会と強く関わりを持てる機会から、無理なく徐々に関わりを薄めつつ余生を送れたら幸せなのかな、と思う自分がいます。

話題はガラリと変わりますが、私がこのアーラに勤務して4年目になりますが、朝の出勤途上において、黄緑の帽子、黄緑のベストに交通安全の腕章、手には黄色の安全手旗を持ち、立哨の交差点から自宅に帰るご老人とよくすれ違います。 ちょうどその老人の家から信号交差点までが約700メートル。おそらく、小学生の登校の日は毎日歩いて子どもたちを見守りながらその信号交差点まで行き、安全に子どもたちを横断させると、家まで戻るという行為を続けておられるのだと推測しております。 その途中でこの区間を通過する私の乗用車とすれ違うことになります。私の通過時間がまちまちでもあり、時には自宅に到着寸前の時間になることも。また、よくよく思えば、晴れの日だけではなく、雨であったり、雪であったり、暑かったり、寒かったりいろんな日があります。

実は、このご老人、かつての私の職場の上司で、しかも私が市役所に就職して初めて配属になった課の課長で、年齢はすでに80歳を超えておられるはずですが、歩く姿は全く年齢を感じさせない矍鑠とした様子です。 こちらが車なので気が付かれずにすれ違ってきたこともあって、すれ違うたびに、内心「今朝もお元気ですね」と心でつぶやいています。 この方は、課長職の中でもとりわけ重要なポストを歴任され、若くして事務方のトップまで就かれたとてもやり手の方で、温厚な性格も相まって今でも私の尊敬する上司の1人です。

現職を勇退されて以降の様子は全くと言っていいほど存じ上げませんが、久しぶりにお会いした姿は上記で述べたとおりです。おそらく、良い形で社会と関わりを維持され、今でも、地域の子どもたちの安全を願ってボランティアを続けておられるのだと思います。

alaクルーズも若い世代の人たちがちらほら加入されており、全員というわけではありませんが、メンバーの多くを占める私から見て先輩にあたる皆さん、そして、このかつての上司にしても、私にとってはこれからの良いお手本にさせていただくことになると思います。



 

このページの上部へ