第六十八回 足元を見つめ直してみる/可児市文化創造センター

連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第六十八回 足元を見つめ直してみる

可児市文化創造センターala 事務局長 山口和己

アーラでの2回目の新緑の季節を迎えました。爽やかなそよ風が、「水と緑の広場」の緑鮮やかな木々や芝生そして、このアーラをやさしく撫でていきます。この心安らぐ光景は、1年前と全く変わってはいません。 ただ、それを享受している自身の心情は、昨年は昨年なりに、今年は今年なりに、ということで、随分変化していることに気付きます。 私的なことで恐縮ですが、今年に入ってからも私の身辺で非常に重い出来事が起きて、少々落ち込んでいる私にさらに追い討ちをかけるかのように、じわりじわりとダメージを与えています。

新年を迎えて間もない1月11日、成人の日の朝、母が突然自宅の廊下で倒れ、救急車で病院に搬送したものの、そのまま帰らぬ身となってしまいました。死因は「大動脈乖離」でした。 さらに、近くに住む叔父が、以前から患っていた肺気腫が悪化、4月10日に逝去しました。こちらは、自宅で療養していたのですが、体調の変調で入院、2ヶ月間の治療の末の最期でした。30数年も前になりますが、私の就職が決まった時、我が身のように喜び、お祝いとしてスーツをプレゼントしてくれ、これまでの私の仕事ぶりも目を細めて見てくれていた人物でした。

二人とも80年を超える人生を歩んできて、ほぼ今の日本人の平均寿命を全うしたとも考えられますが、私の近くから一度に消え去ってしまうというのは、正直堪えました。 年老いた両親と一緒に暮らしてきた中で、いつかは別れの時が来ると漠然と思ってはいたものの、これほど母親の死が突然に、しかも自分の目の前で一部始終が展開されたというショックは、その時声も出せないほどの動転を私にもたらしました。 母は花が大好きで、よく花の苗を植えたり、種を蒔いたりしていました。うまく育てられるかどうかは別ですが。また、食事に関しては、多少偏食はあったものの、食欲旺盛で、食事のときはおいしそうに食べていました。また、「もったいない」といっては、物を簡単に処分できず、私たちから見れば、何でこんなものまでとっておくの?と思えるようなものまで、捨てないでとっておく人でした。 一方、叔父は、食にはこだわりながらも、量的にはそれほど摂らず、大好きな酒をうまそうに飲んでいた印象があります。ダンプの運転手から転身し、レンタル衣装の事業を起こして次代に譲り、自らはボランティアや公的役員などを務めていました。

この二人の人生を私なりに振り返ってみて、本当に幸せだったのかどうかという思いが浮かんできました。日本には、戦争、敗戦、復興という歴史があり、この二人は、まさにこの時期を体験し、今の恵まれた日本の社会の中で、住みやすくなったことを実感していたとは思います。しかし、母は、夏場のエアコンなどは好まず、うちわや扇風機で過ごしていましたし、少量の洗濯等は手洗いで済ますなど、ある意味文明人とは思えないような部分がありました。叔父の私生活については、よくはわかりませんが、印象深いのは、定期的にわざわざ北陸方面へ出向き、自然の湧き水を汲んできては、飲食に利用していました。この二人に関して考えるに、文明の恩恵というより、自然、食、生き甲斐などで自身の幸せを感じていたようにも思えます。

幸せかどうか、で思い起こされるのは、去る4月5日に来日し、1週間ほど滞在された、ウルグアイの第40代大統領ホセ・ムヒカ氏の数々の問いについてです。 彼は滞在中に某大学での講演で、「日本人は、本当に幸せですか?」と問いかけました。 そして、「私たち人間にとって最も重要なことは何か。それは生きていることだ。この「生」は奇跡に等しい。自然は人間に何かをつくるという特権を与え、人間は文明を築いてきた。しかし、現代の社会を形づくる市場経済からは、倫理、特に哲学が分離してしまい、浪費し、消費することが不可欠な社会になっている。過剰な消費は、家族に愛情を注ぐ時間を浪費させ、みんながお金のために人生をぶち壊している。少数者の支配を許さないためにも、政治に積極的に参加し、生きる希望を持てる社会の実現のために戦ってほしい。」というメッセージを学生たちに向けて発しました。

人の幸せとは、亡くなった母や叔父を見ていて感じたように、自然の中で、自然の恩恵を受け、人のために尽くし、自身の存在を認めてもらえたらそれで十分なのかも知れません。当然、人間には欲やエゴもあるので、より快適に、より楽にしようと自然に働きかけるのでしょうが、先進国の人たちを中心にその働きかけの方向性・程度が誤っていると警告したのがホセ・ムヒカ氏ということかも知れません。 ただ、めまぐるしい発展を遂げ、市場経済に支配されている日本において、後戻りともいえるような方向転換が可能なのかどうか、判断に困るところです。 自分自身に、現在、温室効果ガスを生み出している文明の利器を放棄して、自然に負荷のない生活に移行することができるのか、と問いかけて見ても、自信を持って答えることは私にはできません。

ホセ・ムヒカ氏の指摘を受けて、劇的に世界が変わるということはないと思います。しかし、私たちは、長年の実践に基づいた彼の言葉の重みをしっかり受け止めて、「どうせ変わらないのだから」とあきらめるのではなく、「まず、自分が変わってみよう」と考えなければならないとも思います。(どっちなんだ!)こうして書いている私自身がグラグラしていることが皆さんに伝わっているでしょうか。このグラグラ感が多くの人たちの本音だと思います。

九州の熊本地方を中心に発生した大規模な地震では、余震が1,000回を超え、多くの方々が不自由な避難生活を送られています。ある報道番組で、避難所の冷たくて硬い床に寝なければならない状況を解消するために、ダンボール箱を並べて作った簡易ベッドに横たわった高齢の女性が、「わー、気持ちいい!しあわせ~」といって、満面の笑みを浮かべておられた場面を思い起こしました。たいへんな状況の中で幸せなはずはないものの、実際に置かれた過酷な状況から開放された時の正直な気持ちから発せられた言葉だと思います。 熊本の例は、例として挙げることが不謹慎で、ふさわしくないかもしれませんが、“今の状況から”少しずつ幸せになることをみんなが思いながら、ただし、そのことで不利益を蒙る人が出ないように、自然に負荷がかからないように配慮していくことから始まることかな、と私なりに考えてみました。

母と叔父の死から地球環境というグローバルな課題まで思いを馳せていろいろ考えているうちに、自分に迫っていたダメージが少しだけ軽くなっているような気持ちになりました。そればかりか、今、自身で思い悩んでいる事案についても、大きな世界から見たら、小さなことかな。と思えるような気がしてきました。 今回の表題を「足元を見つめ直してみる」としましたが、これは、私としては、自分が立っている場所の延長上の先々に目を向け、広い範囲で見渡した上でもう一度足元を確認するイメージです。 こんな感覚は、あまり今まで感じたことはなかったのですが、ホセ・ムヒカ氏の言葉あるいは個人的な何かのきっかけを持って、誰もがこんな気持ちになれば、この地球が、世界が、そして自身の周りの状況が取り返しのつかない事態に行き着いてしまう前に、健全な姿を取り戻すことができるのかも知れません。










 

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