第六十五回 “人を評価する”ということ/可児市文化創造センター

連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第六十五回 “人を評価する”ということ

可児市文化創造センターala 事務局長 山口和己

昨年末より、書類選考等を実施するなどして進めてきた当財団の職員採用試験もちょうど第三次選考会が終了し、いよいよ最終判断を下さなければならない段階となりました。有能な職員を家庭の事情等から今年度一杯で職場から送り出さねばならないことによる補充の採用ですが、狭き門にも拘らず全国規模で多くの応募をいただき、選考のやり甲斐があるとありがたく思いながら進めてきました。

書類選考の段階では、短大や大学の新卒者はもとより、さまざまな分野ですでに社会人となっておられる人たちも見受けられました。中には、同業種からの移行を考えて応募されてきたケースもありました。極力、性別や年齢など、当財団で働いてもらうのにそれほど重要でない項目にはとらわれないよう、提出された書類の行間的な部分も読み取るほどに慎重に選考作業を進めてきました。
選考委員で結果を持ち寄り、一次選考の結論を出したのですが、概ね自身の出した結果と一致しており、まずは、一安堵しました。第二次選考会でさらに篩を掛け、第三次選考を経ての最終決定ということになります。

それにしても、仕事といいながら、人を評価し、優劣を付け、合否を決定しなくてはならないというのは、何ともいい難い責任と重圧を覚えるものです。これまで、人事部門にいたときの新規職員採用、課内での臨時職員採用等、選考する機会も幾度となく経験し、また、評価される側としても、目標管理に伴う評価、人事考課、そして上司考課を経験してきました。

私が人を評価することにとても慎重になっているのは、これまで経験してきた選考会や評価制度の積み重ねがあったからかもしれませんが、勤める官庁こそ違え、私のある先輩の事例が大きく影響していると思います。かつて、その先輩に、「人が自分に与えてくれる評価は、自分が自身の評価をするうちの半分にも満たない。そんな程度のものだ」と言われたことがあります。お酒を交わしながらしみじみと話していただいたことですが、少し紹介したいと思います。

その先輩は、本人曰く、自意識過剰なこともあってか、子ども時代から40歳代くらいまで、自分が自分を評価するのと、人が自分に対して行なう評価はほぼ同一と考えており、実際疑う余地のない状況の中で生活してきたとのことです。まさに天の評価は公正であり、間違いはないと信じていたとのことでした。
中学・高校で、弱き者を助け強き者を挫く的な正義感を持って人の和を保っていたと自負する思春期、体育系クラブ活動で代表者を務め「若大将」気取りでライバル学校の幹部と渡り合っていた大学時代。公に奉仕することを一生の仕事とすべく、夢を持って入庁した新人時代。どんな仕事も一生懸命果たして行くことが奉仕と頑張ってきたつもりの中堅時代。しかし、50歳代に入り、これら積み上げてきたものが、一瞬にして幻となってしまったかのような事態が起きてしまったというのです。

一生懸命さが裏目に出て上司からの信頼を失い、そのことが原因で周りの同僚や後輩たちの態度も一変してしまったかのように思えたそうです。これらはすべて自分の思い込みと言えば思い込み。これほど自分が弱いものだとは思ってもいなかったと落ち込まれたそうです。自己否定とタラレバの思い起こしの連続だったとのこと。
この年齢になってからの試練。天を恨みもしたけれど、すべて自分の身から生じたことであり、現状況に身を委ねるのみ。一筋の光明も見えず、うろたえる日々、だったそうです。

この話を聞いたのが数年前だったのですが、昨年の秋にお会いした時には、すでに定年退職となり、たくましく第2の人生を歩んでおられるとのことを伺い、私も少しはほっとしました。私たち人間は、どうしても自分と気の合う人、自分に従順な人等、自分に都合のよい人には高い評価をし、自分にとって厳しいことを言ってくる人やどうしても気が合わない人を疎ましく思って低い評価をしてしまいがちになります。おそらく、この先輩はこのような上司と遭遇し、つらい思いをされたのだと思います。

かつて石川島播磨重工業や東芝の社長を務められた経団連名誉会長の土光敏夫さんの言葉に「上司は部下を管理するより先に、自分自身を管理せよ」というのがあります。その意味を引用すると、人が人に向かってとる態度には4つの類型がある。(1)自分にも甘いし、相手にも甘い。(2)自分には甘いが、相手には厳しい。(3)自分には厳しいが、相手には甘い。(4)自分にも厳しいが、相手にも厳しい。ある心理学者によれば、職場における上司の自己評価は(3)、(4)に集中し、部下に上司を評価させると(1)、(2)に集中する。
ここで言いたいのは、人に向かって厳しさに欠けることがあるのは、自分自身に厳しくなかった証拠だ。管理者が部下をよく管理するためには、まず、自らを管理することが必要なのである。とあります。

私自身、自己評価をしてみれば、(4)自分にも厳しいし、相手にも厳しい。を望みながらも、周りからの評価はさしずめ、(2)自分には甘いが、相手には厳しい。となりましょうか。土光さんに「自身を管理せよ!」と叱られるかもしれません。
いずれにしても、自身を管理すること、部下を管理すること、自身を公正に評価すること、部下を公正に評価すること、どれをとっても口で言うほど簡単にはいかないものだと感じております。

職員採用での評価の優劣と部下の業務に対する評価とは別物と考えるべきかもしれませんが、自分の下す評価が応募してきた人の人生や部下の今後を左右するかも知れないことを思うと、とても重く、心して臨まねばならないと改めて思います。














 

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