第五十九回 「全国公文協」定時総会及び研究大会に参加して/可児市文化創造センター

連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第五十九回 「全国公文協」定時総会及び研究大会に参加して

可児市文化創造センターala 事務局長 山口和己

梅雨の合間に太陽の光が降りそそぐ週末のロビーや水と緑の広場。乳幼児から小・中学生、そして高校生に受験生、幅広い年代の子どもたちが、あちらにもこちらにも。思い思いに楽しいひとときを過ごしています。ここが劇場であることを知らない方が訪れたら、「ここは何の施設?」と聞いてしまうのではないかというような光景です。
折しも、敢えて土曜日に視察を組まれておいでになった行政・大学関係者、演劇関係者の方々からも、驚きの声を頂きました。これが我々の職場、『可児市文化創造センターala』です。遊びや憩いの延長で文化・芸術に触れ、このアーラのファンになってもらえたらいいなと思います。この先も地域に溶け込んだ、社会機関としての公共劇場でありたいものです。

さて、去る6月4日(木)・5日(金)に、新潟県民会館において、公益社団法人全国公立文化施設協会の平成27年度定時総会が、そして引き続き、同会館と新潟市民芸術会館「りゅーとぴあ」を会場に研究大会が開催され、アーラからは、私と顧客コミュニケーション室の職員との2名で出席をしてきました。
また、同協会の理事でもある衛紀生館長は、出張先の東京から直接新潟入りということになりました。

新潟県と言えば、「コシヒカリ」に代表されるおいしいお米や多種多様なお酒、「のっぺ」に「へぎそば」、「わっぱ飯」、それから「笹だんご」、また「のどぐろ」をはじめ新鮮な各種海産物など、楽しみはどんどん膨れ上がっていきました。
しかし、今回の新潟出張の一番の目的かつ楽しみは、研究大会第2分科会「劇場・ホールによる地域社会貢献活動(社会包摂等事業)の具体的事例研究と今後のあり方について」での我が衛館長の基調講演と3名のパネリストを迎えてのパネルディスカッションです。コーディネーターも衛館長です。
 
研究大会は、業務管理部会による第1分科会「公立文化施設の施設維持管理について~大規模改修、老朽化対応を含めた、これからの文化施設のあり方について~」と、技術部会による第3分科会「改修時における「電源」の重要さの再認識と、インバーターノイズとLEDノイズの留意点」と、私の参加した自主文化事業部会による第2分科会の三つに分かれて行われました。それぞれの出席者は名簿によれば、第1分科会が129名、第2分科会が100名、第3分科会が25名とのことでした。

第2分科会の会場は、「りゅーとぴあ」の5階にある『能楽堂』でした。
部会長の挨拶後、衛館長の基調講演、そして休憩なく直ちに3名のパネリストによる事例の発表へと進みました。
衛館長は、ホームページ等で既執筆の【「社会包摂は流行り言葉」という不見識】、【悲しみと優しさの分かち合い-劇場音楽堂の社会的使命について-】を参考資料として添付し、パワーポイントにより、最近の文化行政幹部の言動を引用しながら、『包摂的な社会』、『戦略的な投資』、『社会貢献型マーケティング』、『社会的責任経営』、『悲しみの分かち合いと社会的処方箋』というキーワードを強調しました。そして、これからの劇場、音楽堂の向かうべき方向について具体的事例も挟みながら講演をされました。
3名のパネリストは、「りゅーとぴあ」の事業企画部長の真田弘彦氏、仙南芸術文化センター「えずこホール」館長の水戸雅彦氏、そして金沢を拠点に活動中の「Ten Seeds」代表の黒田百合氏であり、3者が衛館長の講演を裏付けるかのように、それぞれの立場における具体的な事例を発表されました。

休憩なしの2時間半ぶっ続けの第2分科会となりましたが、私にとっては、中だるみもなく、充実した時間を共有することができた、と思っていました。
しかし、衛館長は終わった後、渋い顔で、自身の伝えたかったことが、本当に分科会出席者に伝わったかどうか疑問が残ると反省しきりでした。
私は館長と一緒にいるわけですから、館長がどれほどの覚悟で、どれほど深刻に今回の研究テーマを考えているのかがよくわかっていますので、基調講演からパネリストの具体的事例までが整理できたと思っています。しかし、分科会に参加された100人の人たちにはどうであったか、ということだと思います。
極端に言えば、「社会包摂」「社会的便益」なるものを一時期のブームに乗った先進事例程度に捉えられてしまったのではないかという心配だと思います。確かに「りゅーとぴあ」や「えずこホール」の事例紹介では、大変失礼ながら両館が今回のテーマに合う事業を並べ立てて事業報告をしたに止まってしまった感はあります。時間の制約もあり仕方のないことかもしれませんが、なぜここに至ったのか、とか、何故必要なのか、とか、どんな結果をもたらしたのか、といった本質的部分も聞きたかったところです。
黒田氏の演出した市民ミュージカルの制作において、参加された障がいを持った子どもさんとその親さん、そして周りの人たちが変わっていく様子を紹介された時には、不覚にも私は、涙してしまいました。
衛館長は、具体的事例は冊子を配り、自らのエッセイも資料として添付、とにかく具体例というよりも、劇場・音楽堂が今後果たさなければならない社会的責任を強調し、これを怠れば即座に存続できなくなる恐れを訴えました。

私の勝手な想像ですが、財源が潤沢にある自治体の劇場・音楽堂ほど危機感は薄いのかもしれません。公文協の研究大会であるので、行政関係者の出席も多かったと思われますが、私自身も行政の人間であり、自らの反省を込めて問うてみたいと思います。
劇場や音楽堂は、国あるいは地方公共団体が莫大な費用(税金)を投入して建設したものであり、簡単につぶしてはならないと考えるはずで、維持・運営する資金は出さざるを得ないから補助金カットなどないだろうと高を括っていないか。もし、仮に今回の研究テーマである課題を疎かにしても、先進事例のほんの一部でも模倣して実践しておけば心配するほどのことにはならないだろうと油断していないだろうか。

ここで思い起こされるのが、今年3月に独立行政法人日本芸術文化振興会の基金部が公表した『「トップレベルの舞台芸術創造事業」において各芸術団体がもつ助成に対する意識に関する調査』の分析結果です。
この調査は、助成を受けた芸術団体が「社会的必要性に基づく戦略的な投資」を受けたことをどのように意識しているかを調査しようとしたものですが、結果は設問等に改善の余地があると認めながらも、第3次基本方針に謳われた内容が意識されていないと評しています。
つまり、補助金への感謝の気持ちを表現するに止まるなど、求められる実績報告になっていないというものです。公的支援は「投資」であるという認識や活動の社会的波及効果(社会的な便益や社会包摂)についての意識が読み取れず、公的資金の実質的負担者である国民への説明責任を十分に果たしていないと酷評しています。
確かに、補助金によって「我々がいかに助けられたか」ではなく、「我々の活動がどのような成果をもたらしたか」を説明しなければならないのです。
私たち行政マンは、市民のため、市以外からの財源を少しでも多く獲得しようとすることが民間でいう営業活動のようなもので、獲得できた場合、上位機関等に対して感謝の気持ちが生まれます。したがってこうした指摘に自らも反省を要すところです。

劇場・音楽堂の存続にとって、もう一つ大きな課題があります。大きな施設ゆえに大変なのが経年による修繕、補修で、これにも膨大な財源が必要になります。この「ファシリティマネジメント」も非常に重要な課題であり、第1分科会に多くの参加があったことも頷けます。ただ、「仏作って魂入れず」といったことにならないようにしたいものです。
最後に、せめて第2分科会に出席された皆様方には、今一度当日の資料を読み返していただけましたら幸いに思います。









 

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