第五十六回 公立劇場はなぜ必要か(人事異動になりました。)/可児市文化創造センター

連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第五十六回 公立劇場はなぜ必要か(人事異動になりました。)

可児市文化創造センターala 事務局長 山本和美

1月に岐阜県公立文化施設協議会の研修会で 平田オリザさんの講演を聞く機会がありました。市場経済、消費社会が地域に広がっていくことで、私たちが失っていったのはという話の中で、市場原理が浸透してくると地方ほどその影響が大きく働くという説明がありました。その事例として、20年ほど前の話ですがということで、日本の一番西の端の島の与那国島では本屋がないので平田さんの著書を入手できません。雑貨屋さんにある本は確実に売れる少年ジャンプ等のマンガのようなものしか置いてありません。それを本屋さんで買おうとすると30分飛行機に乗って石垣島まで買いに行く必要があります。石垣島の本屋でも扱ってないメジャーでない本は、更に1時間飛行機に乗って那覇まで行く必要があるということです。東京から遠い土地ほど輸送のコストがかかる、在庫のコストもかかる、だから確実に売れるものしか置かなくなってしまう。ですから、無駄なもの(儲からないもの)は地方ほど排除されやすいということになります。これが市場原理ということになるということです。それでは与那国島の人は、本を読まなくていいのかというと、そうではなく、憲法の規定で、国民の健康で文化的な最低限度の生活を保証することから、全国に二千数百ある図書館が作られてきたという内容でした。

この話は、公立の劇場がなぜ必要かということにも通じるなと感じました。全国に劇場ホールは2千を超えるほど設置されているそうです。そのほとんどが公立の劇場であって、主に税金によって運営されています。公立劇場の必要性を単純に市場経済の原理ですべて説明することはできませんが、公立劇場の必要性を理解するのにはわかりやすいのかなと思います。1月の終わりごろに、「名鉄ホール、3月末で営業終了 設備更新のメドたたず」というみだしのニュースがありました。大都市である名古屋にあって、御園座、中日劇場と並ぶ名古屋3大劇場の一つが営業を終了するというものです。人口200万を超える都会にある民間劇場でも施設維持費がネックとなって営業の継続が難しいというものです。こうしたニュースも市場原理の影響ということになるのかなと思います。東京圏の人たちは、あらゆるジャンルのコンサートや舞台公演を比較的簡単に見ることができます。圧倒的にマーケットが大きいので、あらゆるジャンルのコンサート、舞台公演にお客さんが入ってくれるので採算が取れる可能性が高くて商売として成立するものもあります。アーラコレンクションを毎年上演している吉祥寺シアターも200席足らずの公立の劇場ですが、昨年の「黄昏にロマンス」は、10日間公演がほぼ連日満席でした。こんな状況をみると文化芸術に税金を投入しなくても十分やっていけそうな印象を受けます。が、東京の公立劇場でもそれぞれに課題をかかえておられるようです。

これが大都会でない地方へ行くと全く民間ベースの商売という形では成り立たなくなります。(前述 大都会の名鉄ホールの事例もあります。)かつて公立劇場を建設するにあたって岐阜県内でも1300席とか1500席という大ホールを作る時代がありました。この近辺ですと多治見市が1300席、土岐市が1500席、関市が1200席というようなホールを設置しています。東京でヒットした興行を地方でも公演しようということで、興行主の公演が黒字になるためには、上記のような集客数が必要であるという考え方があって、大型の劇場が建設されたようです。年に数回満席になるような興行をするために客席の多い劇場が作られてきました。アーラの主劇場は1,019席ですが、それでも満席になるのは年に数回あるかないかだと思います。当然、劇場が大きければ大きいほど管理経費がかさみます。興行主は、劇場の設置者が決めた使用料を払うだけですが、その使用料は、建物の建設費や維持管理運営費を賄えるような額には設定されていません。設置者は、税金を投入して市民が使いやすい使用料にしているので、民間の興行主に税金を投じて儲けてもらっているという見方もできないわけではありません。ただ、市民にとっては大都会でしか見ることができないような公演を地元で見ることができるというメリットはあります。このように市場原理で考えると地方ではとても鑑賞できない公演を税金を投じることで市民に鑑賞してもらう機会を作っていくということも公立劇場が必要となる理由のひとつです。ただ、ここで気をつけるべきは、市民全体から徴収した税金を使っていますが、実際に鑑賞するのは、その公演に興味があって入場料が負担できる人であるということです。すべての市民が鑑賞するというわけではありません。 

近年もう一つ公立劇場が行うべきミッションとして衛館長が常々提唱しているすべての市民を視野に入れてサービスを供給する「社会機関としての劇場」という側面からの公立劇場の必要性があると思います。アーラでは「まち元気プロジェクト」という、教育機関、福祉施設、保険医療機関、多文化機関へのワークショップ、アウトリーチを使命とするコミュニティ・プログラムを行っています。すべての市民を孤立させないという命題を持って、文化芸術の持つ力で市民に元気と明日への希望を届けています。人々が出会い、思い出を共有し、お互いを理解する。そこから新しい絆と活力が生まれて市民が元気なまちができるという考えのもとに実施しています。

ちょっとしたエピソードですが紹介します。前回55回のこのコーナーでパッケージチケット発売について、お客さまから要望があったネット予約と窓口販売に時間差をつけることについては難しいと答えさせていただきました。何かいい方法はないかと思っていましたら、チケット担当スタッフの発案で、今年の発売日にアーラの南入口に並んでいただいたお客様には、温かい紅茶やコーヒーを用意して待ち時間に飲んでいただくサービスを始めました。今年の発売日は比較的暖かい日だったですが、温かいものをお配りすることで、お客様もほっとされるのか並ばれている前後の方たちと、パッケージチケットのチラシを片手に、笑顔で話しこんでおられました。クラシックや演劇など同じ分野に興味がある人同士なので話題もつきないようです。こんなところでも新しい出会いがあり、コミュニティが生まれるのかなとふと感じました。ネットで購入していただいたほうがお客様もアーラもメリットがありますが、窓口で並んでもらうことも捨てきれないかなと思いました。公立劇場がなぜ必要なのか。経済学的な考え方や文化権という基本的人権からの説明等々まだまだ論点は山のようにあると思いますが、一つの側面からだけですが理解しやすいところから考えてみました。

すこし話がかわりますが公立劇場の必要性とつながるところもありますのでご紹介します。先日、こんな苦情をいただきました。講演会を開催しようと考えて、小劇場の空きを確認したら、土曜日にたまたま空があったので、申し込もうとしたら申込期限が過ぎていると断られた。単純な講演会を実施するだけなので、なんとかできないか。民間の企業なら会場が空いているなら、何が何でも貸して収益を上げようとするんじゃないか。というご意見です。小劇場と大劇場の申込期限の取り扱いは、アーラ開館当初から、稼働率の目標値を約70%と見込んで、「設備の操作技術者の動員を必要とする場合、備付け以外の備品を使用する場合等施設等の管理上準備の期間を要するときは、前々月の10日まで」という市の規則の規定に基づいています。平成21年度から規則改正されて今は、前月の10日までとなっています。劇場の稼働率は、当初の目標値の70%前後を維持しています。このことを確認したうえで、何故申込期限を短くできないかを私なりの理解で説明したいと思います。まず、アーラの使用料は、近隣の施設と比較しても相当廉価になっています。劇場の冷暖房や楽屋の使用料など別途設定されている施設が多いですが、アーラは、それらをすべて含んだ使用料設定になっています。使用料が安いということは当然その分は、税金で補てんされているということになります。

これを民間企業にたとえていうと「たまご1パック10個 98円」の目玉商品がずらりと並ぶスーパーマーケットという感じでしょうか。民間のスーパーマーケットであれば、その赤字出血サービスの目玉商品で客を引き寄せて利益の出る商品を同時に買ってもらって黒字にするということになるでしょうが、アーラの場合は、すべてが赤字の目玉商品なので、売れば売るほど赤字になり民間企業では成立しない商売ということになります。税金で赤字部分を補てんしてお客様にサービスしていることになります。利益を上げることはもともとあり得ないので、民間企業と比較するのはある意味無理があります。アーラのみならず、貸館を行っている公民館や福祉センターなどすべての公立の施設について同じことが言えます。

かといって、市民サービスをないがしろにするという意味ではありません。劇場について言えば、決められた期間内に申し込まれたお客様に対しては、いくつかの事業が重なって舞台技術の対応スタッフの不足があった場合でも外部委託の事業者にスタッフを増員派遣してもらって対応しています。劇場をお借りいただくお客様は、それぞれに計画された事業をとにかく成功させたいという強い気持ちをお持ちだと思います。早い段階では、まずは会場の確保、事業内容の確定、集客方法の検討、近くなってくると会場でのスタッフの担当や業務内容の説明等々早い場合は1年以上前から準備を進めてこられます。そんな大事な事業の当日に、マイクの音が割れるとか、音が出ないとか、照明が暗いなど技術的なトラブルでせっかくの事業を台無しにすることのないよう舞台関係機器の基本的な操作については、アーラの技術スタッフが責任を持って行います。また、使用当日の1か月以上前からお客様といろいろな打合せや、調整をする制作スタッフも配置します。

しかし、アーラを借りてくださるお客様それぞれの要望をすべて受け入れることは難しいです。さきほどから稼働率についてお知らせしていますが、これについてはスタッフの勤務シフトが関係してきます。アーラは、原則として火曜日、年末年始が休館日となっています。それ以外の部分で職員の休日を考慮しながら勤務シフトを組んで、できるだけ舞台技術スタッフの増員派遣を行わないようにしています。稼働率が高いほど当然スタッフの人数は多く必要になってきます。70%の稼働率でなんとかまわせる現在のスタッフのシフトを維持するためにも申込期限を一定期間前にさせてもらっています。稼働率が低くてシフトのやりくりがしやすい状況であれば、申込期限をできるだけ使用日に近づけることは可能かもしれませんが、幸いといいますかアーラは多くのお客様に使っていただき、劇場に関して約70%の稼働率を維持してきています。税金を際限なく投入することができるなら、すべてのお客様の要望を受け入れることは可能になります。たとえばアーラの開館時間についても、現在は、市の条例で9時から22時30分となっていますが、すべてのお客様に満足頂くようにするためには、究極的にはコンビニエンスストアのように24時間オープンすることになります。財政事情の厳しい昨今では不可能に近いことです。できるだけ多くのお客様に使っていただいてなおかつコスト削減していくことが必要になります。そのバランスを取る位置が、今現在は、市の条例や規則に定めてある開館時間や申込期限になっているものと考えます。指定管理者の立場からは、以上のような考え方となります。

また話は大きく変わります。私事ですが、3月も終盤になって、アーラに来てもう1年がたったという感慨にふける間もなく、人事異動の内示がありました。1年という本当に短い間でしたが、すばらしい体験・勉強をさせていただいたと思います。ここで働かなければ生涯体験ができなかっただろうなと思うこともあります。ここへきて初めて理解したアーラの活動の方針、それを実現するために情熱をもって働くスタッフのみんな。中にはいってはじめてその熱気を感じることができました。市役所で働いているときは、ある意味ここは芸術の殿堂であると思い込んでいました。私のようにアーラに対して同じような見方をしている現役のサラリーマン世代は、まだまだたくさんみえると思います。アーラヘの「最初の一歩となる」企画はまだまだ足りないかもしれません。また、財団の中での熱気と市役所からみたアーラの見方にはまだまだいろいろな面でギャップがあると思います。私も側面から応援していきたいと思いますが、このギャップを埋めていく努力がこれまで以上に今後必要になっていくかと思います。次期事務局長に託していきたいと思います。

これまでのこのコーナーに訪れてくださった方々に感謝申し上げます。
ありがとうございました。







 

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