連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第七十八回 『みんなのピアノ』プロジェクト動かす。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

世界劇場会議国際フォーラム2018を控えた2月5日の冷え込んだ小雨の日に、そのピアノは西宮市からの長い旅を経て2台のトラックでアーラにやってきた。私の若い友人で、アーラでも『アーラ未来の演奏家』と『祈りのコンサート』のコーディネーターや進行役をやってくれている作曲家の佐野秀典さんから「ピアノを寄贈したいという方がいらっしゃる」との報が入ったのは、例年ほどではないもののまだ残暑の名残のある頃だった。西宮市に音楽をこよなく愛するご夫婦がいらして、奥様は数年前に鬼籍に入られたが、旦那様も現在は病の床にあり、その方が自宅にあるヤマハの職人の手による特注のピアノをどこかに寄贈したいとおっしゃっている、という話だった。自宅にセミコンとはいえグランドピアノを所有しているということは、音楽を本当に心から愛していらっしゃったご夫婦であるし、そのご夫婦の折々にそのピアノがあったのだろうし、さまざまな思い出の染み込んだピアノに違いないと、私は思った。アーラに寄贈いただくにしても、他の2台ある演奏会用のピアノとは一線を画した使い道を考えなければと思った。

昨年12月19日のケーブルテレビの番組審議会の折に、私は「中央のキー局のような番組づくりは止めてほしい」との提案をして、コミュニティ放送らしく地元企業に就職する子どもたちが希望を持てる内容の企業紹介ドキュメンタリーとか、昨年で5か所になったこども食堂の活動と期待される社会的意義などの、丁寧に可児市の未来に繋がる番組編成を委員長として求めた。その提案をきっかけとして各委員から市民の生活実態や子どもの貧困などの多様な意見が出たのだが、その中の委員のお一人である浦野恭子さんから「子どもの貧困は可児でも進んでいる実感があります。私の子どもの友達の中にもいるし、私はその中でピアノをやってみたいという子にピアノのレッスンをしています。」という発言があった。浦野さんは可児市が年度毎に募集して任命する子育て支援等の活動をする「子育てピアサポーター」であり、その活動の中で「子どもの貧困」に意識が向いたのではないかと私は推察している。時に声を詰まらせて語るその内容に、私たちは彼女の地域社会への危機感を感じ取っていた。「そうだ、この人にあのピアノを委ねよう、彼女なら間違いない」と、その時はまだ寄贈が正式決定していなかったピアノの使い道に思いを巡らせていた。様々な事情によって「ピアノをやりたい」という夢や希望を心に抱いていても到底叶わない子がいるなら、その夢や希望を分け隔てなく叶えることが出来る「機会」をつくれば良い。そのピアノには、それにふさわしい「物語」を持っている、と私には思えた。ただ、佐野さんがピアノの状態を判断したのちに正式に譲っていただく手筈になっていたから、その場では浦野さんには切り出さないでおいた。

年度末の番組審議会は3月26日に開かれて、その終了後に、私は浦野さんにそのような経緯のピアノがアーラに届いたことと『みんなのピアノ』の構想を伝えて、彼女に協力をお願いした。私はそのピアノを使って本格的なレッスンをしなくても良いと思っている。その子供たちの中から将来音楽大学に進学する子が出てくるかもしれない。それはそれで良いのだが、このプロジェクトのミッションは、種々の事情で夢や希望を果たせない子どもたちの心に、前を向いて立ち上がる勇気を持ってもらうことだ。夢や希望は必ず叶えることが出来て、それに手を貸してくれる大人もみんなの周りにはいるよということを知ってもらうことなのだ。

後日、浦野さんがアーラを訪ねていらして、件のピアノの試し弾きをしてくれました。とても喜んでくれて、初心者なのだから最初は子どもには和音だけを弾いてもらい、彼女がメロディラインを弾いても、その子は達成感を持てるのではと具体的に提案をしてくれた。『みんなのピアノ』のミッションを完全に了解してくれている、と私は思った。ただ、彼女はご苦労なさって音楽大学に進学した経緯があり、この事業設計に共感してくれて協力してくれるピアノ教師をリクルーティングできるネットワークは持っていないとのことだった。ならば、『シリーズ恋文』で長いこと即興でピアノ伴奏をしてくれている黒木由香さんがいる。彼女はピアノ教室歴も長いし、とてもフレンドリーな性格だから、多くの教え子や教師仲間をネットワーク化しているに違いないと思った。しかも、偶然なのだが、黒木さんと浦野さんは中学校のブラスバンド部の先輩後輩の間柄であることが後日判明することになる。

1週間に1回か、あるいは2回の開催かは未定であり、動き始めてから事業の詳細は柔軟に決めようと後日のミーティングで決めていたものの、ピアノ教師の方たちの負担にならないようなローテーションが組めるだけの人数は必須である、と私は思っていた。7、8名のネットワーキングが出来ればよいと思っている。ともかくも、9月までにプロジェクトのアウトラインを引いて、10月から始めよう、しかも親御さんがアーラまでの送り迎えがないように当初は自転車でアーラに来られる範囲の子どもたちから始めようと協議して決めている。

このピアノが子どもたちの「希望と夢」を叶えることが出来たら良いなと思っている。浦野さんからは<これから「化学反応」が起きそうで、わくわくします!>というメールを頂いた。それは私たちも同じだ。黒木さんからは、<このプロジェクトに共感してくれるピアノ教師リクルーティングが進んでいる>との報告メールが届いている。私たちの「思い」がレールの上を、ゆっくりとだが、確かに動き始めた。参加していただくピアノ教師の方たちには、寄贈してくださった方の「思い」を子どもたちにつなぐ「思いのコネクター」と「何でも相談できて、力を貸してくれる大人」の役割を果たしていただければと思っている。そして、子どもたち対象のプロジェクトが軌道に乗ったら、次は高齢者対象の『みんなのピアノ』を動かそうと黒木さん、浦野さん、担当者と意志一致している。

追記 今日は朝一番から貸館・貸室の「利用調整会議」があった。その中で来年5月の小劇場の利用者欄に「更生保護女性の会」の記載があった。過去に犯罪や非行をして更生施設に収容された人たちの更生保護に協力するボランティア団体だという。可児市は御嵩町とともにこの会を35名(うち、可児市は27名)で組織しており、被保護者の女性たちを社会的に孤立させないためにアーラは何が出来るか、と考えはじめている。一度、この会の方々にお話を聞こうと思っている。被保護者の女性たちにも「可児に住んでいて、良かった」と思ってもらえる、「アーラがあって良かった」と感じてもらえるようなプログラムが出来るか、私たちの「ダイバーシティ性(多様性)」が試され、寛容性が問われる機会になると思う。文化芸術で孤立を防げるなら、是非とも「更生保護女性の会」と協働したいと思っている。



このページの上部へ