連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第七十二回 「文化芸術の社会包摂機能」に地方議会の関心が。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

今年の世界劇場会議国際フォーラムにパネルの1人として招聘したニッキー・テイラーに「同じ言葉で話が出来れば」と言われた。ニッキーはウエストヨークシャー・プレイハウス(WYP)の誇る高齢者プログラム「ヘイデイズ」の責任者であり、近年は認知症プログラムの開発実施も担当している。WYPのある北部イングランドのリーズ市は、現在では英国第三の人口を抱える洗練した都市になっているが、私が最初に訪れた1998年はまだ金融都市としてまだ発展途上であった。周辺にインド系、アラブ系、カリブ系等の移民のコミュニティが散在していて、いささか混沌とした印象のある街だった。最近では難民も居住していて、彼らへのプログラムも地域社会に供給し、その成果で「Theatre of Sanctuary」賞を贈られている。そのような多民族の街であったから当然解決に向かわせるべき社会課題は山積しており、「将来的な社会不安に対処する」と言っていたが、世界水準の舞台芸術の創造発信とともに等価のミッションとして、芸術監督のジュード・ケリー(現サウスバンク・アーツセンター芸術監督)と経営監督のマギー・サクソンが社会包摂型のコミュニティプログラムを充実させる経営方針に舵を切ったのである。

私がはじめて訪れた頃のアーツデベロップメント(当時の名称)部長は、前職が美術の教員だったモーリン・ロクスビーで、その下にのちに部長職となってWYPの社会包摂プログラムを大きく前進させたサム・パーキンスがいた。彼女は前芸術監督のイアン・ブラウンが比較的「芸術の本来価値」に寄った考えの持ち主であり、権限の一極化を推し進めたために孤軍奮闘の時代をくぐることになる。サムは劇場に隣接していた古いビルを改造して、犯罪や麻薬に手を染めたティーンエージャー、不登校、知的障害と学習障害の主に10代の「リーズの未来」の世代のための「First Floor」構想を実現するために、劇場本体の協力が充分でないため自ら資金調達に奔走することになった。この頃のサムは精神的にも身体的にも命をすり減らしている、という印象だった。「Theatre of Sanctuary」の贈賞は、この彼女が主導し創設した「First Floor」と高齢者や認知症、そして難民へのプログラムに依ったものであることは疑いのないところである。まさに「疾風に勁草を知る」であり、私はこの受賞を我がことのように喜んだ。

ニッキーは、そのサム・パーキンスのもとでWYPでのキャリアを出発させている。8年前に当時の篭橋事務局長(現教育長)と村松舞台技術課長と連れ立ってWYPを訪れて「劇場間の提携」と「日英国際共同制作」の提案をしたときにはじめて彼女に会っている。サムの苦悩や奮闘や必死の奔走を傍で見続けてきた若い劇場人であり、残念ながら昨年6月にアーチストである旦那様の渡米でサムはWYPを辞することになったのだが、劇場の意思決定のエグゼクティブにまでなったサムの経験値が、彼女に確実に引き継がれていることを今回の世界劇場会議国際フォーラムでの彼女の発言で確信した。ときに激しい逆風と闘いながら劇場を市民とともに歩む社会機関としても成立させたサムの経験値とDNAは、ニッキーのみならず現クリエイティブ・エンゲージメント部のルース・ハンナント、ジェンマ・ウッフィンデン、カースティ・ペニクックの仕事ぶりにも引き継がれている。また、サムの後任部長のアレックス・フェリスは、先日カースティとともに1週間にわたって可児市の小学校でのワークショップを日英共同制作の関連事業として行っており、毎回子どもたちを生き生きとさせ、興奮させ、開放感のある時空にしたスキルと人間性を、この目でしっかりと確認している。

ジュードとマギーの蒔いた種は、一時の危機をブレイク・スルーしてしっかりとリーズという街に根付いているのみならず、サムの遺した豊富な人材と高い意識は、WYPのクリエイティブ・エンゲージメントをさらに発展させるだろうと予感させる。折しもホール建設ラッシュで「ハコモノ批判」が噴出していた1998年にはじめてWYPを訪問して衝撃を受け、「このような劇場が日本の各エリアにあれば、日本は住みやすい国になる」と思い、その後アーラの経営に携わることになってWYPに追いつき、追い越せと進めてきた思いが、冒頭のニッキーの私に掛けられた言葉で、少しは実現できているのだなとの感触を持った。初訪問で「年間1000のプログラム、20万人のアクセス」と聞いたWYPには到底及ばないものの、マーケティングに限ればWYPを追い越しはじめていると私は思っている。

WYPの背中を見て追い続けてきた可児市文化創造センターalaの経営理念やミッション、それをダウンロードした年間467回実施している(2016年度実績)社会包摂型プログラム「アーラまち元気プロジェクト」への、地方議会議員の関心が高まっていることに、私は大いに励まされている。自治体や文化系財団を対象とした講演、シンポジウム、経営コンサルティングを毎年30回程度行ってきたが、「このような劇場が日本の各エリアにあれば」の思いは、相変わらず牛歩の歩みである。第三次基本方針にはじまり劇場法、大臣指針、第四次基本方針、昨年4月に瀬戸内国際芸術祭の北川フラム氏、姫路城改修を指揮した兵庫県教育委員会参事の村上裕道氏とともに文化審議会文化政策部会に招喚されて可児市文化創造センターala の社会包摂プログラムである「アーラまち元気プロジェクト」のあらましをプレゼンテーションしたこと、またそれに続いて9月初旬に発表された新規事業「文化芸術創造活用プラットフォーム形成事業」を含む来年度概算要求等の激変する外部環境の変化を読み込んで、成熟社会における国の文化政策の今後の展開を描けず、従来からの「常識」の繭玉の中の安住に埋没しようとする自治体文化行政担当者、文化系財団の意思決定権者の自己保身が、若手中堅職員の進取の精神の発揮の妨げとなっていることを看過するわけにはいかない。

昨年来の地方議員の視察の急増と議会研修会での講演依頼の多さは、明らかに劇場の周辺環境の新しい潮目を感じさせる。教育、福祉、保健医療の予算が財政改革の旗の下で、今後大幅に削減され行政サービスの質の低下を招きかねない状況にあって、給付金行政や優遇措置だけでは地域住民のWellbeing(生存の質)が担保できないという危機感が背後にあるように私は思っている。社会的排除による地域の活力の低減化よりも、「誰も排除せず、能力に応じた生きる意欲で新しい社会の構築に参加する」ことで自己肯定感に満ちたコミュニティ形成を選び取ろうとする住民への当事者責任が、地方議会の議員の中に芽生え始めているのではないか。その意味ではきわめて直感的に「いま、何をなすべきか」を選び取っており、「変化」を忌避する繭玉の中に安住を選択する者よりも、住民に対してはるかに真摯であり、自分の仕事の使命に忠実であろうとしていると私は評価している。かつては税金の無駄遣いと認識していた劇場ホールが、新しい社会にあっては新しい価値観に基づく使命を付託される社会機関であり、地域社会を柔らかく包み込む包括的ケアの拠点施設に転じる可能性を可児市文化創造センターalaの現在から垣間見ようとしているのではないか。議員視察、議会研修会だけではない。昨年12月にキックオフ・ミーティングをした「あーとま塾」は、かつて評論家のかたわら大学の教員をしていた時に不定期に東京で開催していた勉強会であるが、年3回1泊2日のゼミ形式の勉強会を可児で再開しようとしている。5月「マーケティング」、10月「社会包摂」、1月「指定管理者制度を含めた将来的な文化政策」の3回にそれぞれゲストスピーカーを招いている。その第1期生を現在募集しているところだが、そこへの申し込みの中にも地方議会の議員名が見受けられる。

公益社団法人日本劇団協議会が文化庁からの委託事業として行っている「芸術団体における社会包摂活動の調査研究」チームは、何回かの研究調査の使命の共有のためのミーティングを経て現地調査を実施した。現在は、その社会的投資収益率(SROI)の分析に入っているが、サンプリングした5プロジェクトのひとつ、岐阜県立東濃高校でのコミュニケーション・ワークショップの分析が進みつつあり、そのSROI値は、

インプット 1,930,000円

インパクト 19,027,394円

SROI(社会的投資収益率) 9.86

と出ている。1,930,000円のインプット(投資=事業予算)で19,027,394円の社会的リターンがあると、そのインパクト効果が数値化されたのである。文化芸術及び劇場ホールの事業に社会的投資収益率を適用したのは、これが嚆矢である。従来はチケット料金と観客動員数の乗数を産業連関表によって分析して経済波及効果及び雇用効果を算出するのみで、ワークショップやアウトリーチのようなプロジェクトは定性的にしか評価できず、財政当局には門前払いされるのが落ちだったが、そのインパクト効果である「変化」を数値化することが可能になったのである。

今回は予算的制約と調査日数が充分に確保できなかったため、過去に蓄積されているデータと限定的なヒヤリング調査しかできず、「中途退学者」と「問題行動」に絞ったものとなったが、時間をかけて包括的な調査が今後進められれば、その精度は高くなることが予想される。この調査研究チームは来年度以降も継続させたいと思っており、より多くの事例がサンプリングされて数値化される事例が増えることになると思う。また、可児市役所では来年度予算に、可児市で実施されている包摂型プログラムのSROI分析の調査専門家委員会の設置を組み入れる予定である。私が市長にSROIについてお話しする機会があり、それは是非やってほしいとの言葉をいただいたことが背景にある。芸術文化に対するSROI調査はこれが嚆矢であり、今後この分野の研究が進化すれば、社会包摂型プログラムとそれを「もうひとつのミッション」とする劇場に対する社会化が進むだろう。私たちは、いま強力な武器を手に入れようとしているのだ。社会包摂劇場経営への関心を強める地方議会の議員にとっても、これは強い追い風となるに違いない。

何かが少しずつにではあるが、ゆっくりと大きく変わり始めている。劇場をはじめとする文化施設には「芸術文化を仕事にする」ことに大きな希望を持った就職希望者が多く集まるのだが、そのようなディレッタント意識の職員には包摂型経営の施設での仕事は向いていない。それほど数多くの市民と機関との根気強いリレーションシップ形成が求められるし、利他的な欲求のない人間にはそれは苦痛でしかないだろうと、私は想像している。ニッキー・テイラーがシンポジウムで引用した英国のシンクタンクであるニューエコノミクス財団の報告書の一節「他者を助けることに関心がある人たちは幸福度が高い傾向にある」が、将来にわたって期待されるこれからの劇場や文化施設における職員像を物語っている。それはニッキー自身が感じているセルフイメージなのだと私は理解した。

ちなみに、ニューエコノミクス財団(NRF)による「世界幸福度指数 (HPI: The Happy Planet Index)」の報告書(2012年版)によると、評価対象となった151カ国中トップ3はコスタリカ、ベトナム、コロンビアで、幸せで環境にやさしい生活の達成に最も近づいている9カ国のうち8カ国が南米とカリブ海地域の国々であった。HPIでは、平均寿命や幸福、環境の持続可能性に関する各国のデータから、消費される環境資源量当たりに生じる人間の幸福や健康の度合いに基づき、各国をランク付けしている。日本の「世界幸福度指数(HPI)」は47.5で、45位であった。




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