連載 「公共劇場」へ舵を切る:第六十七回 Nへ。/可児市文化創造センター

連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第六十七回 Nへ。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

3月も半ばを過ぎると人事異動の季節となる。毎年繰り返される年中行事ではあるが、翌年度からの経営のことを考えるといささか尻の落ち着かない気分になる。アーラは市からの派遣職員が2人役所に戻り、新しい職員がアーラの運営に加わることになった。「劇場は人間がすべて」という考えが基本にあるので、新しく配置された職員の資質を見極めて、その「強み」を活かす経営を考えなければならない。加えて新規採用のプロパー職員が事業制作課に加わる。アーラの事業系職員は他の公立劇場では必要とされない資質が大いに求められるので、しばらくは「慣らし運転」をしながら、ここでも彼の資質と「強み」と「弱み」を見極めなければならない。いずれにしても、新加入の職員になって、そのためにサービスが後退しては市民に申し訳ない。だから、4月から夏前くらいまでは、私や他の幹部職員のヒューマン・リソース・マネジメントの能力が試される季節でもあるのだ。

私の若い友人が劇場運営の中核から外れて、鑑賞施設としてのみ機能している他の会館に異動となった。とても良く勉強をしている中堅職員であったから、私は「彼」の成長を大いに期待していた。一言居士であったから、幹部にいささか煙たがられていたのかも知れない。しかし、私の知るかぎり劇場音楽堂等の若手中堅の職員で志を持って、しかも貪欲に時間マネジメントをして勉強している者は思っているより多くない。大半は将来の日本の劇場政策を牽引したいと考えてはいても、そのための理論構築を日常業務にかまけて怠っており、順送りでいつかはそのポジションに押し出されるのを待っているだけの人間である。その時のための理論武装という必須な作業は、私から見ればほとんどしていない者が多い。40代も半ばを過ぎてもうすぐ50代になる、自分の発言とその結果に責任を持たなければならないところに差し掛かっていながら、である。

それだけに「館長ゼミ」で学習する機会を持っているアーラの職員とともに、「彼」には近い将来、日本の劇場音楽堂等のオピニオンリーダーの一人になってほしいと思っている。「彼」には、いまは「膝溜め」の時間と承知して、日本の文化状況と劇場の現況を鳥の目で俯瞰しながら、目的意識を持って理論構築してほしいと伝えた。補助金や助成金を採ることに汲々とした近視眼的な劇場経営と「モノトリ意識」では、激しく変化する時代に取り残されるばかりである。補助金を「分捕る」ことはむろん大切ではあるが、その前にそのための予算措置の裏付けとなる政策提案ができる能力がなければ、支弁される公費はとうてい将来を見据えた社会的投資とはならない。

日本に限ったことではないのだが、従来の社会システムが行き詰まりを見せて、第4次基本方針の冒頭にあるように「成熟社会に適合した新たな社会モデルを構築していくことが求められている」のである。文化庁の劇場音楽堂等活性化事業だけでも30億2700万円の公的資金が投入される。これが第3次基本方針にある「戦略的な投資」となるスキームのもとで執行されることが、その公金の支出のカウンター・パートナーであるサービス・プロバイダーたる劇場音楽堂等には求められているはずである。未来社会への「レガシー」が求められるのは何もオリンピックだけではないのだ。常に日本社会に「レガシー」を遺す心構えがなければならないと思うのだ。

しかも、先進諸国では英国を発祥とする「ソーシャル・インパクト・ボンド」(社会貢献債)を使った社会課題の解決を目指す、成熟社会における社会の歪みに対する社会的責任投資(SRI)の仕組みさえ動き始めているのである。大和証券や野村証券などがいち早く債権の組成をしているが、NPO法人社会的責任フォーラム(Japan Sustainable Investment Forum)の調査によれば、2016年1月15日現在の日本における投資残高は、すでに26兆6872億5600万円にも上っている。そして、その社会的効果測定のための社会性の計量評価手法である社会的投資回収率(SROI・Social Return on Investment )の研究も主に英国と米国で着手されている。

公的資金による補助金・助成金を受ける側にも、今後、当然ながらそういった向社会的な意識は求められる。[文化芸術でござい]と踏ん反り返って事足れる外部環境にはもはやないのである。「ソーシャル・インパクト・ボンド」(社会貢献債)による劇場音楽堂等の資金調達の可能性についてはあらためて言及しようと思っている。そのような社会的ニーズに応えることなしには、公的資金による支援においては欠格となる時代にもう一歩のところにいることを私たちは自覚しなければならない。

この「ソーシャル・インパクト・ボンド」(社会貢献債)は2010年を嚆矢とするが、このような社会的困難に対処するスキームのニーズは今後加速度的に高まっていくことが予想される。だとするならば、劇場音楽堂等に関わる私たちの意識も使命も外部環境の変化に適応することが必須となる。その加速度に負けない変化を私たちも遂げなければなららないし、そのためには10年以上先を見据えての知の蓄積を図らなければなせない。当然のことだが、私のような年齢の人間には10年以上も先のことは語る資格はないのであるが、私のあとに来る世代の劇場音楽堂等の関係者には進化した理論構築と、日本の文化芸術と劇場音楽堂等の社会的認知を推進する牽引役を果たしてもらいたいと強く思っている。

冒頭の「彼」には、私たちの「いま」は、ジャン・ジオノの『木を植えた男』のアルゼアール・ブフィエのように毎日100個の木の実をひとつひとつ荒れ果てた土地に植える仕事をしているようなもので、数十年後にその荒地に豊かな森と清らかな泉が生まれ、その地が子どもたちの笑い声と生き生きとした人々の声に満たされるためにあるのだとメッセージを送った。私たちの仕事は、そして70年代初頭から始まった日本の文化行政は、いまだに文化芸術が余暇社会や可処分所得に余裕のある階層へのサービスでしかない、というところから脱却していない。したがって、志を持つ者の出立は、いわばマイナスからの出発であることは否定できない。だからこそ、私たちは気の遠くなるほどの時間と休むことなく歩を進める気力を持って、遠くまで行くのだという強い意志を持つ必要があるのだと思っている。

私のメッセージに対して「彼」は「ベンヤミンという思想家の『ただ希望なき人々のためにのみ、希望は僕らに与えられている』という言葉が座右の銘でして、みんなの願いを自分の願いとして生きるところに、人生の意味があると思っています」という、逆に私が励まされるメッセージを返信してきた。心強い限りである。そして私は、冒頭の「彼」のみならず、日本の文化芸術と劇場音楽堂等の未来に大きな「変化」をもたらしたいと考えているすべての未知なる芸術家と劇場人に、私が地域に出た40代はじめからいつも暗誦し、事あるごとに反芻して、自分を奮い立たせてきた一篇の詩の一節を送りたい。アメリカの国民的詩人であるロバート・フロストの『雪の宵の森にたたずんで』という題の詩である。

森は美しく、暗くて深い。
だが私には約束の仕事がある。
眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ。
眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ。
       「Stopping by Woods on a Snowy Evening」












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