連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第六十五回 すべての人に開かれた文化会館をめざして。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

岩手県公文協の業務管理委員会の招きで講演をすることになり、新幹線を乗り継いで久しぶりに盛岡を訪れた。表題はその折の講演のタイトルである。ここ数年は各地の公文協での講演が増えているが、そのほとんどは自主事業の「社会包摂」に関する講演であり、業務管理についてのお招きは初めてである。いささか戸惑ったのだが、その趣意が「現代社会の変化に伴い、文化会館利用者・来場者の構成が大きく変わってきている。高齢者や障がいを持った方たちや子どもたちが、文化芸術を楽しんだり自らを表現する場所として、文化会館に多数来館している。支援が必要な人たちも気軽に来館できるよう、施設職員がどのようなことに留意していけばいいのか」というものであり、私の劇場経営の考え方でもアーラでの経験でも、少しはお手伝いできるかなと思って引き受けることにした。どのような生活環境にある人々でも劇場ホールは寛容な場でなければならない、という考え方にはむろん諸手を挙げて賛成である。そうあるべきと思ってアーラを経営している。断る理由はないと考えた。

私は、あまりにチケット料金を高価にすると「その額を支払うことのできない人間は来なくてよい」というメッセージを地域社会に発していることになってしまうと留意しなければならない、とよく言っている。劇場経営の出発点は「How much can customers pay?」(顧客にはいくら払ってもらえるのか)であり、何処まで行っても「顧客志向」でなければならない。これはローカライゼーションに徹しなければならない。相場観というものはあるにはあるが、劇団四季や一部のポップス歌手のように入場料はいくらと決まっているものは、このローカライゼーションを無視しているのであって、アーラではその手の「中央」であることを鼻にかけて内政干渉型の事業は門前払いにしている。なぜなら、その価格政策は商圏域内の人々への重要なメッセージであるからだ。私たち地域劇場は中央の芸術団体やプロモーターのために予算を組んでいるのではない。東京での評判に追随するために事業をやっているのでもない。あくまでも商圏域内の人々が鑑賞者なのであり、劇場情報の受け手なのであり、「How much can customers pay?」が出発点なのである。

劇場ホールは本質的なところではそれ自体でメッセージを発信することは出来ないから、情宣によって広範に拡がる事業の内容や質や価格政策が域内への主なメッセージになるのは自明である。むろんのこと、チケットの購入方法の利便性やライフスタイルにマッチしたチケッティング・システムの提案も重要なメッセージになる。これらを購入する側に立って顧客志向で設計するのがマーケティングの手法である。したがって、マーケティングは、チケットを売ることを目的とするのではなく、「売れる環境」を緻密に設計しているのだという意識であたらなければならない。あわせて、それらが総合的に商圏域内の人々へのメッセージになることも強く意識しておかなければならない。事業を決めて、遂行するということは、観客動員を図ることであると同時に、商圏内の人々への劇場からのメッセージを発することでもあることを合わせて考えなければならない。

したがって、「すべての人に開かれた」という劇場ホールを目指すのであるなら、事業の選択や設計も、さらにはそれに関わるマーケティングの仕組みもその使命に合致していなければならない。その意味では業務管理と自主事業は一体化されるべきものであり、それぞれが独立しているミッションで動くものではないのだ。それを理解していないと、来館した高齢者や障がい者の介助の用意があるか否かという受け身の業務管理にしかならない。「すべての人に開かれた」という確かなメッセージを発する「攻めの業務管理」をしなければ、あるべき姿という御託を並べるだけになってしまい、何処まで行っても「すべての人に開かれた」デザインを描くことは出来ないと思っている。

たとえばアーラでは、「アーラまち元気プロジェクト」という社会包摂型の地域プログラムを年間423回(2014年実績)行っており、また障がいを持っている方で感動して心が動くと奇声を発したり、立ち上がったりする人のために、どんなに騒いでも気兼ねしなくてよいような「オープン・シアター・コンサート」を開催して「初めてのホールコンサート体験」をしてもらっている。「私のあしながおじさんプロジェクトfor Family」で就学支援や児童扶養手当の受給者とそのご家族に、地元企業団体の寄付を資金として音楽や演劇を鑑賞する機会を提供するチケットプレゼントを行っている。その他にも、フリースクールへのアウトリーチや乳幼児と若いお母さんや孤立しがちな高齢者対象のワークショップ、毎年母の日に開催されて終幕後に赤いカーネーションをプレゼントする0歳児からの「はじめてのクラシック体験コンサート」、在留外国人と日本人との包摂型プログラムの「多文化共生プロジェクト」などを開催している。来年度からは、市議会と地元高校の協働で地域課題の解決に取り組む「エンリッチ・プログラム」の一環として地元高校生の発案で、経済的事情で塾通いのできない小中学生を対象とした学習支援にアーラは場の提供というかたちで彼らの挑戦を支援する予定である。これらの事業の展開が、どのような方にでも開かれている劇場としてのアーラを演出し、発信していると私は考えている。「攻めの業務管理」とは、そのように事業と一体化した「来館者開発」のことではないだろうか。

業務管理も、やはり「創客」なのである。チケットを買わない客は客でないと考える「興行師」とは私たちは違っていなければならない。税金で設置して運営している公立施設では、チケットを買わない、あるいは買えない人も顧客なのである。「来館者開発」のための「攻めの業務管理」は公立施設にとって大切な使命であることを忘れてはならない。












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