連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第六十二回 グランドデザインを共有する組織運営。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

昨年に続いての「世界劇場会議 国際フォーラム2016in可児」のパネリストとの打ち合わせで英国に出掛けてきた。あわせてこの3月に業務提携を締結したウエストヨークシャー・プレイハウス(WYP)との滞在型国際共同制作に向けての、新任の経営監督ロビン・ホークスとの予算面での地ならしと、可児市文化創造センターalaからの人事交流の職員の紹介をしてきた。日本では可児と東京での公演を予定しているが、ロビンもロンドン公演を視野に入れたいと言っていた。昨年は軽い脳梗塞発症後2週間での英国だったし、また大人数のツアーを率いて英国の地域劇場を巡り、参加者に英国の地域劇場の社会的使命の持ち方を紹介するという使命もあったので相当に疲労困憊したのだが、今回はハダースフィールド、リーズ、バーミンガムと比較的ゆったりとした日程だったので負担も少なく、帰国後も身体に注意しながらも、普通に仕事ができる状態をキープできている。

提携契約の締結後、初めてのWYPだったが、相変わらず多様なコミュニティ・プログラムと良質の舞台を製作していた。また、一時期を除いて、この劇場はいつも多くのリーズ市民で賑わっている。ここを最初に訪れたのは1998年の6月だった。バルセロナで開催された国際文化経済学会での論文発表の後、すぐにブリティッシュ・エアウエイズに飛び乗って、ヒースロー経由でリーズ・ブラッドフォード空港に降り立った。前年に名古屋で開催した世界劇場会議で、当時ジュー・ケリー芸術監督と、英国随一の芸術活動規模と質、そして年間1000のコミュニティ・プログラムを誇る劇場づくりをしていた経営監督のマギー・サクソンとの会話の中で、その前年に上梓した『芸術文化行政と地域社会 ― レジデントシアター構想へのデザイン』の内容を簡潔に伝えたら、是非ともWYPを見に来ないかとの誘いを受けた。パートナーである柴田英杞もその数年前にWYPに文化庁の在外研修で行っており、翌年の国際文化経済学会の予定があったのでともかくも英国の地域劇場をちょっと見てこようという軽い気持ちでリーズを訪れたのだった。そのマギー・サクソンから、その後私は組織運営と劇場経営の様々な考え方の多くを学ばせてもらうことになる。いわば、現在の可児市文化創造センターalaの「原点」になる邂逅だったと思っている。

その軽い気持ちでのWYP訪問が、その後20年近くの付き合いになるとは考える由もないリーズ行だった。前述の『芸術文化行政と地域社会 ― レジデントシアター構想へのデザイン』も、海外事例の研究を抜きにして、95年段階での私の想像力だけで紡いだ構想と全国各地の報告をまとめたもので、その構想が将来的に劇場経営の実際になると考えていなかったし、ましてや実際に地域劇場を経営するなど思いもよらないことだった。その頃はまだ早稲田大学の講師をしていて、本格的な研究活動よりも、演劇評論家としての活動と地域の演劇状況をメディアに乗せて全国に知らせる仕事に魅力を感じていたので、WYPへ向かう機上にあっても劇場経営をつぶさに取材して、研究材料にしようという気持ちは微塵もなかった。

ともかくも、空港に降り立った翌日にWYPを訪ねて、度肝を抜かれた。その日は毎週水曜日に実施されている高齢者プログラムHAYDAYSの日で、劇場中に高齢者があふれんばかりで、参加者の明るい笑顔と会話を楽しむ声で劇場が満たされていた。劇場と言っても鑑賞のためのホール部分ではなく、レストランを兼ねた広いフロアや各諸室のすべてが高齢者たちの活動に開放されていたのである。毎週水曜日は、WYPはHAYDAYSの高齢者たちで午前から午後3時半まであふれるのである。壮観であった。なによりも高齢者たちが賑やかに交流し、関係を深めていることに社会的セーフティネットが形成されていると実感できた。まさに社会関係資本の形成が何よりもの社会的セーフティネットであると、このプロジェクトに深く共感した。

その他にも、子どもたちを犯罪や麻薬との接触から守るためのSPARK(SportsとArtsとKnowledgeの造語)、障害者によるビューティフルオクトパス・クラブの活動、スクールツアリングカンパニーによる月曜から金曜の学校公演とワークショップとディスカッション、など多彩を極めていた。近年では、少年期に犯罪や麻薬に手を染めてしまったティーンエイジャーと知的障害者、不登校の子どもたちをアーツでケアして大学受験資格を付与するというFirst Floorやユースシアターも始めている。来年2月にアーラで開催する世界劇場会議国際フォーラム2016 in可児に来日するサム・パーキンスは、これらを所掌しているアーツ・エンゲージメント部の部長であり、劇場のエグゼクティブの一人である。初めてリーズを訪れた時から現在までWYPの職員として仕事に従事しているのは彼女と芸術監督の秘書のダーラだけである。

私は前述の98年から今年までのあいだ、WYPを9回訪問している。その多くが英国地域劇場アーツマネジメント研修ツアーを引率してのものだが、近年はWYPとの業務提携の協議で訪れることが多くなった。その提携話は2010年に私の方から切り出した。当時の芸術監督はエジンバラのトラバースシアターを牽引して一時代を築いたイアン・ブラウンで、経営監督はイアンの経営失敗で劇場全体が閑散となってしまった事態を改善するために理事会が選任したシーナ・リグレーに交代していた。そして、今春の契約締結時は芸術監督がスコットランドのダンディ市のダンディ・レップの若き芸術監督だったジェイムス・ブライニングになっており、経営監督はシーナから今年引き継いだ、ナショナル・シアターから転身したロビン・ホークスに替わっていた。ロビンは今年の9月からの新任で、以前奈良県の小さな町でALT(外国語指導助手)をして滞在していた経験を持っている。

契約の一つの柱である滞在型国際共同制作は、そのための協議を開始後に2020年東京オリンピックの開催が決まって、時期的には文化プログラムに組み込める内容となっているが、それを意識することなく芸術的評価の高いものを製作発信しようと思っている。先日のロビンとの協議では、WYPとしてはロンドン公演も視野に入れたいとのことで、それが実現すれば可児滞在で3週間の稽古、リーズ滞在での2週間の仕上げののちにWYPのコートヤード劇場での3週間程度の公演に引き続いてロンドン公演、可児での1週間程度の凱旋公演と東京での2週間程度の公演、という流れになる。2月の世界劇場会議のあとの数日後にWYP側から経営監督のロビン・ホークスとエグゼクティブのサム・パーキンス、日本側からは可児市長の冨田成輝、共同演出の西川信廣と私が出席して東京で記者発表をすることになる。この成約の基礎を作ってくれたマギー・サクソンにも私の私費で来日してもらい、立ち会ってもらうことになっている。是非とも20年近く前のあの出会いが結実した様子をマギーに見届けてもらいたいとの思いが私にあるからだ。

契約のもう一つの柱である職員の相互研修であるが、今年度は若手から中堅になる時期を迎えている職員を派遣する。なぜ費用が掛かり、人材への投資である相互研修を契約のプログラムに入れたかと言えば、そのことで可児市文化創造センターalaが目指している地域劇場のグランドデザインを一人でも多くの職員と共有することが経営を進化させるうえで「強み」になると考えているからだ。また、たとえ逆境に立たされたとしても、目指すべき地域劇場での体験が共有できていれば、そこから脱する底力になるとも思っている。私以外に「WYP体験」を持っている職員は、今年中にWYPを訪問する職員も入れれば6人いる。事業系職員11名のうち6名だからかなり多い。そのうち2人は文化庁の在外研修制度で渡英しており、あとの3人は私が宮城大学・大学院の教員をしていた時代にアーツマネジメントツアーで学生・院生時代に「WYP体験」をしている。そして、今年度中にあと1人がWYPを体験することになっている。 今後、提携契約に沿って毎年1人から2人はWYPに派遣することを予定しているから、2年程度で事業系全員が「WYP体験」することになり、その後は総務系と技術系の職員の研修派遣となる。

そのことで私が狙っているのは、私がアーラの将来のグランドデザインと考えているWYPの、地域社会と劇場の関係の在り方、事業の進め方、資金調達の姿勢等を全職員が共有することで、それを経営の強みとして毎年アーラを進化させことができるポテンシャルの高い状態をキープすることである。マーケティングに関しては、アーラの方が随分と進化しており、昨年の世界劇場会議も、アーラが採用している社会貢献型マーケティグ(Cause Related Marketing)に関心が集まった程である。事業マーケティングに関してはWYPよりアーラの方が先に行っているが、他の分野ではまだまだ追いついていない。それだけに全職員のWYP体験の共有が何をアウトカムするのか、とても楽しみにしている。










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