連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第六十一回 全国の劇場音楽堂等を牽引する人材の払底を危惧する。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

8月31日、9月1日の両日にわたって、文化庁と公益社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)が主催し、劇場音楽堂等連絡協議会、公共劇場舞台技術者連絡会、公益社団法人全国公立文化施設協会(公文協)の協力で、第5回全国劇場・音楽堂等連携フォーラム『新たな連携の可能性とその人財育成を進める』が開催された。私は同じ芸能花伝舎内にある公益社団法人日本劇団協議会で東京オリンピックの文化プログラムに関する重要な会議があったので参加できなかったが、「劇場音楽堂の日」の提案に関心があることもあって、休憩時間や会議終了後に最後列で登壇者たちの話を聞くようにした。率直な感想を言えば、報告は多々あったが、現在の状況をブレークスルーしようとする政策提案に類する発言はないように感じた。高萩宏氏の「文化オリンピック」の内容に触れた「パラリンピックに関係するプログラムにしたい」という提案が、大きな事業予算のプロジェクトへの期待がバブリーに膨らんでいる一部の関係者に対峙するもので、唯一私の心に共鳴した発言だった。早くも5回目の開催となった「劇場・音楽堂等連携フォーラム」の質の低下を感じずにはいられなかった。

その原因はいくつかあろうが、何よりも強く印象に残ったのは、若手・中堅のスピーカーたちの発言の軽さである。私のような老獪きわまりない人間が後生大事に抱えている「常識」を激しく突き抜けるような発言がないのである。前述の高萩氏の提案を受けての発言も、障がい者の表現活動のすそ野がすでに大きく広がっているという現状認識に疎かったり、個人的な見解としてでもまったく発言できなかったりと、視野の狭さと構想力に欠けると思わざるを得ないシーンがあった。視野の狭さと構想力の欠如は、たんに勉強不足の結果である。現在の文化状況に甘んじてよいなら、目の前の仕事を粛々とこなすだけに傾注すればよい。誰もそのことに文句は言わないだろう。だが、スピーカーとして壇上に上がるのなら、それだけの覚悟がなければならないと思う。それに、芸団協も公文協も劇場音楽堂等連絡協議会も、現状に甘んじることを良しとしないから団体を組成しているのではないか。

だとするなら、実証的なエビデンスを積み上げて、先行研究にあたりながら斬新で突破力のある「政策提案」が出てこないのはおかしい。文化予算の増額を要求するだけが組成した使命ではないはずだ。仮に増額を要求するにしても、文化予算のスクラップ&ビルドの根拠を提案して、文化政策のさらなる前進を駆動させる「政策提案」に関する発言がなければならないと思う。でなければ、全国からの多くの参加者の期待に応えるものとは言えない。発言者の中には文化庁の在外研修で外を見てきたスピーカーもいたのである。自分たちの活動を報告するだけで事足れりとするのは、あまりにも淋しすぎる。

私の劇場で働いている職員にも勉強不足を感じることがないわけではない。だが、アーラの職員は、少なくとも隔週の「館長ゼミ」で先行研究をリポートし、討議することはしている。「館長ゼミ」への参加を業務命令としているのは、概して劇場職員は日常業務に忙殺されてしまい、劇場現場で感じた違和感を、勉強することで理論的にフィードバックして改良改善することをしなくなるからである。大垣、多治見、愛知、松本の財団からの「館長ゼミ」への自主参加者たちも、少なくとも先行研究に向かう「機会」は持っているということである。日常業務に埋没してしまうと、思考回路が内向きになってしまい、自分の仕事を大きなデザインの中の何処に位置付けるのかという作業をしなくなってしまう。自分の立ち位置を見失ってしまう。日常業務で感じた違和感を、グランドデザインの修正改良への発火点とするという、自分の劇場のみならず国や自治体の文化政策の改革に向かう前かがみの姿勢がとれなくなってしまう。それが習い性になれば、「新しい価値」を提供する仕事である劇場経営も、単なるルーティンでしかなくなってしまう。私はアーラの職員には絶えず刺激を与えて、決してルーティンに堕さないように、違和感をもとにして仕事を改良し続けるように鼓舞している。それが「新しい価値」を生んで、市民の関心を「上書き」して継続客を生むための原点と思っている。そうすることが館長の仕事の一つであるとも心得ているからだ。

私が文化経済学会や世界劇場会議で論文を発表するようになったのは40代も半ばになってからである。地域に出ようと考えたのは40代に入った90年代である。地域での仕事で東京を相対化するためには猛烈に勉強しなければならないと自覚していた。歌舞伎と演劇の勉強しかしていなかったから、40代からの出発は明らかにハンデであり、勢いキャッチアップ型の、追いつき追い越せの詰め込み学習になった。「公共政策学」、「古典経済学」、「行動経済学」、「自治体関連法」、「認知心理学」、「経営学」等、その時考えられるすべての先行研究に手当たり次第にあたった。そして、先輩たちの研究に垣間見られる旧い「常識」に呪縛された部分を乗り越えることが自分の仕事の使命と考えていた。結果として、先輩たちとの議論の衝突は避けられなかったと記憶している。当時は地域経営の中に文化芸術や劇場ホールは組み込まれていなかった。唯一、劇場ホールが地域を文化的にするという言説だけが、90年前夜に刊行された森啓さんの『文化ホールがまちをつくる』を契機として流布され、文化庁の補助事業にも「文化のまちづくり事業」があったくらいである。そのくらい貧相な文化政策がなされていたのであって、衝突することで論破され、自分の理論を改良する、いわばそのような一種の「欠乏動機」が私の勉強のエネルギーになっていたのである。

ともかく、どのような動機であっても良いので、私の劇場の職員を含めて若手・中堅には猛烈に勉強することを提言したい。10年後、20年後には「君たち」が全国を牽引するのだ。劇場音楽堂等の社会的認知に向かうために全国を牽引する「政策提案」が否応なく求められるのだ。でなければ、時代を突き抜けるような「政策提案能力」が払底してしまうことになる。今回の「劇場・音楽堂等連携フォーラム」で感じた、いささか悲観的な感想である。










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