連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第五十六回 行政からの派遣職員が「経営資源」になる場所を。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

年度末となって、今年も人事の動向に一喜一憂する時季がめぐってきた。7年前の就任当初は、荒廃していた事務所の空気をできるだけ早急に変化させることだけを考えていたので、とりわけて役所からの派遣職員の人事にあまり関心はなかったのだが、劇場経営がある程度軌道に乗り始めた3年目あたりからは、次はどのような人材が着任するのかが経営上重要な関心事になった。当時、私と二人三脚でアーラの経営基盤づくりをしていて、派遣法に抵触するほど在籍期間が長く経験豊富な篭橋事務局長(現教育長)の去就がもっとも重大事であったのだが、当初彼以外に4人いた行政からの派遣職員の資質には強い関心を持っていた。

当時はまったくの新参者であり、市役所職員の資質に関する情報はほとんどないと言ってよいほどで、2月末あたりになると篭橋事務局長から情報を収集したり、どのような人材が必要なのかを話す機会が必然的に多くなった。可児市文化創造センターalaの基礎づくりの時期だけに、少なくとも私が向かおうとしている「人間の家としての劇場」という経営方針に共感できる人間的な資質だけは必須だった。私が向かおうとする構想の基礎を固める時期であったから、「共感できる」という柔軟な資質は絶対の条件だった。

彼らが文化芸術を好きか嫌いかなど、地域劇場を経営する私にとってはプライオリティが低い。もっと言えば、そんなことはどうでも良いのである。90年代半ばに文化庁の依頼で「文化行政初級講座」の講師をしたことがある。1年から3年の経験年数の若手の文化行政担当者たちが受講者のほとんどであったが、なかには館長クラスの50代、60代のベテラン行政マンもいた。彼らは一様に「文化行政」というカテゴリーに対してひどくセンシティブになっており、怖気づいている様子だった。

当時は、そしていまでもそういう傾向があるのだが、「前職は下水道をやっていた人間に文化などできるわけない」という空気があり、そのようないささか乱暴で過度なカテゴライズで行政職員を一刀両断にする発言も普通に罷り通っていた。私のセミナーは、ともかくも彼らを励ますことに終始した。「皆さんが自分のまちを好きなのかが、まずに私が皆さんに訊きたいことです」と切り出して、「そのような好きなまちを良くしようという使命感で、皆さんは教育や福祉や下水道や道路づくりをしてきたわけでしょう。それが文化という行政分野に変わっただけなのです」、「業務を遂行する上での意識と使命感は今までと何ら変わりはありません。皆さんは健全な、安心安全なまちづくりの専門家なのです」と話しの穂をついで、いくつかの事例を挙げながら、彼らの「文化コンプレックス」を軽減することに話の重点を置いた。そのあと「まちづくりと文化行政」の本題に入る流れをとっていた。

その考えはいまでも寸分も変わっていない。彼らはまちを健全化することをミッションとして仕事をしてきた「専門家」なのである。前職が下水道部局であっても、厚生福祉部局であっても、地域の情報に長けていて、何処にどのような人材や機関があるか、何処に生きづらさを感じている人がいるか等々を熟知している「専門家」なのである。その「強み」を生かし切ってもらえれば、プロパー職員だけでは到底できないきめ細やかな地域劇場の仕事を実現するための戦力になる「専門人材」なのである。文化が嫌いであるよりは好きな方が良いには決まっているが、たとえ関心がなかったとしても、文化芸術の社会包摂機能を活用することで、健全で安心安全なまちづくりに劇場音楽堂等がどれだけ寄与することができるかを実感してもらえれば、その「実感」だけで私は充分に地域劇場の経営に「必要な戦力」に速やかに変わっていくと思っている。

そうならないのだとすれば、それは経営トップの組織運営の力量がないからである。非常に軽量な経営者でしかない、と私には断言できる。職員各々の「強み」を充分に引き出して、「弱み」を意味のないものにするのがヒューマンリソース・マネジメントや組織経営の第一歩であり、その各々の「強み」の集積が組織の成果の高度化となるからだ。「役人に、何ができるか」という態度は、日本のように行政立の劇場音楽堂等が一般的な環境下では、経営者としても、コミュニティ・アーツワーカーとしても失格であると私は思っている。

だから私は、この時期になると配属されてくる派遣職員の「人間性」と「柔軟性」に強い関心が向く。私がアーラで実現しようとしている地域社会から必要とされる劇場のDNAをいかに早く自分の思考回路の中に埋めることができるかが、一番大事な劇場職員としての資質だからである。アーラは、就任当初から「芸術の殿堂より人間の家」を目指している地域劇場である。したがって、私がもっとも重視するのは、「人間に対して優しいか」、「人間の尊厳を守ることに正義を感じるか」ということである。人間をよりよく生かしてこその経済であり、人間がまずあってこその宗教的教義であり、人間の「さいわい」を支えてこその劇場音楽堂等、なのである。人間を経済に従属させるのではない、宗教的教義に人間を隷属させるのではない。およそ「○○原理主義」と称するものは人間の体温からははてしなく遠い。貧困にあえぎ孤立する子どもたちを前にして「自己責任」と言うような人間は、劇場経営からは一番遠くにいる存在である。企業の収益を上げるために雇用の非正規化を推し進めるような経営者は、単なるコストカッターでしかない。そのような経営なら冷徹でさえあれば誰にでもできるのである。決して「新しい価値」を創造することを使命とする経営者とは言えない、というのが私の人間としての矜持である。

来年度事業で重度の障がい者だけを対象とした新日本フィルのコンサート「アーラ・オープン・コンサート」が実現する。アウトリーチで市内の障害者施設に出かけてはいたが、彼らの感動や喜びの表現は、奇声を上げたり、立ち上がって身体を揺さぶったりする。したがって、一般のコンサートに聴衆として来場するのは難しいし、彼らもその保護者も自主規制して遠慮している。けれども、「やっぱりアーラで演奏が聴きたい」という声が聞こえてきた。ならば、それを実現しようというのがこの企画である。また、従来から行っていた、地元企業、団体、個人から一口3万円の寄付をいただいて多くの中高生にチケットをプレゼントして、子どもたちはアーラの絵葉書で寄付団体などにサンキューメールを送るという「私のあしながおじさんチケット」を、就学支援が支給されている子どもとその家族にも対象を広げるようとする経営企画も、アーラの経営に経験集積のあるプロパー職員と行政からの派遣職員の協働だからこそ実現しようとしている。個人情報の問題があるので実現できるとは断言できないが、これは行政からの派遣職員とプロパー職員の知恵のコラボレーションの成果だと思っている。たとえ実現できなかったとしても、そのような経営企画が組み立てられたことを、私は交流人事の成果であると思うし、また誇りにも思っている。

今年も山本事務局長が在籍1年で要職に転じて、新しい事務局長に代わる。また、新しく2人の職員が戦線に加わることになった。一人は震災を機に東北の実家近くに戻っていた職員で、アーラのDNAが充分に備わった人間である。3年間の留守の間に育った職員との「化学反応」に期待している。もう一人は19倍の倍率で残った新職員で、アーラで仕事をしたいとアプライしてきた者だ。どれだけ早くアーラの経営のDNAを血肉にして仕事に活かせることができるか、一流の劇場人材に育ってほしい。その新しい人事がアーラの経営哲学の事業現場での具体化を加速できるか否かは、ひとえに館長である私にかかっていると思っている。








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