連載 「公共劇場」へ舵を切る:第五十五回 「人材育成」は人材への投資に他ならない。 /可児市文化創造センター

連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第五十五回 「人材育成」は人材への投資に他ならない。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

世界劇場会議国際フォーラム2015 in 可児で顧客コミュニケーション室の坂﨑係長が、全国公文協アートマネジメント研修会で事業制作課の澤村係長が、それぞれ包摂的な地域社会を構築するためのセッションのパネラーを務めた。いわば「全国デビュー」を無事に終えたということで、内容的にも、プレゼンの姿勢も瑕疵がなく正直安堵している。劇場経営の幹部になるということは、日常業務を遅滞なく行う能力があり、組織運営にも手腕が認められるだけでは「必要条件」を満足させているだけで「十分条件」とは言えない。とりわけ劇場を取り巻く環境が激変している今日にあっては、経営の細部にわたって論理的に語るオルガナイザーとしての能力が求められる。その経営学的な根拠、経済学的な裏付け、公共政策学としての整合性など、まだまだ不十分な所はあるにしても、全国的な政策提案のシンポジュウムにおいてパネラーとしての任を全うしたことは、7年間にわたって彼等の育成に当たってきた者として大きな収穫であった。

今日、文化行政や劇場経営の様々な局面において、「人材育成」という課題がクローズアップされることが多くある。「劇場法」に続く「大臣指針」でも、人材の育成について「3)専門的人材の養成・確保及び職員の資質の向上に関する事項」という括りをもうけて多くの字数を割いている。そこには「設置者又は運営者は、その設置する劇場、音楽堂等の運営を適切に行うため(中略) 必要な専門的能力を有する人材の養成を行うよう努めるものとする」とあり、「より質の高い事業を継続的に実施する観点から、年齢構成に配慮しつつ、分野ごとに必要な専門的人材を適正に配置すること」、「設置者又は運営者は,その設置する劇場、音楽堂等を適切に運営するため、関係機関と連携・協力しつつ、,職員の資質の向上を図る研修等を行うよう努める」などと書かれている。「大臣指針」はあくまでも努力目標ではあるが、ここに書き込まれている「人材育成」のスキームから、現在の劇場音楽堂等の現実は大きく懸け離れていると言えよう。芸団協が主催した劇場音楽堂等連携フォーラムでも「人材育成」をテーマにしたセッションが開かれたが、ただ闇雲に「人材育成」を語り合っても空中闊歩的な空しい議論になって具体的な処方箋にはならないのが実態である。きわめて抽象的な議論に終始してしまう。

「人材育成」という課題を解決するには、まず劇場経営や文化政策を時代の要請に対応させて進捗させるために、どのような人材を必要としているのかが語られなければならないだろう。同時に、それを阻害している現実的な要因が洗い出されなければならない。また、「人材育成」が求める人材への「投資」であることは自明なのだから、「3年雇止め」や「期限付き雇用」などの人材への投資が無駄になるような雇用環境への対策も語られなければならないだろう。「投資」というのは、経済的なものだけを指すのではない。アーラのように、私が隔週でやっている、「ハーバード・ビジネス・レビュー」やコトラーやレビット等のマーケティングの専門書を職員と読み解き劇場経営にトランスレートして考え方を共有する「館長ゼミ」のような時間消費も間違いなく「投資」である。むろん、日常業務の技術集積も「投資」である。現在の雇用環境は、改正地方自治法による「指定管理者制度」の導入以降、非正規職員の急増という現状があり、無駄な投資を避けて人材育成を実のあるものにするためには、この課題を避けて通るわけにはいかない。現実に大臣指針にある「年齢構成に配慮しつつ」という人事配置自体が崩壊しており、プロパーの正規職員の高年齢への偏りが生じている。技術や知識の集積が空洞化して、10年後の施設の存立さえ危ぶまれる事態に陥っているところも少なくない。ことほど左様に「人材育成」と言っても、大きな制度や、それから派生している雇用環境や自身の経営マインドなどと向かい合わなければならない非常に難しい課題である。

人間への「投資」こそが「人材育成」であるという前提を飛ばしてこの課題を論議することはあってはならない。また、職員は劇場にとって経年で利子を生む「経営資産」であるという認識を共有しないところでの議論は決して交わらないものとなるだろう。職員をいつでも代替可能な「コマ」と考える経営は、端から「人材育成」を放棄しているばかりか、当該劇場の将来的なグランドデザインを描くことをも諦めているとしか思えない。単なるコストカッターがプロの経営者と持て囃されるような社会であるが、劇場職員と生産ラインでの組立工とはまったく違うのである。雇用に際して正規職員ではなく非正規職員にして、人件費を外見上は少なく見せて、それに代わる経費を物件費に計上するような手法は、経年での技術集積・知識集積を必要とする劇場経営においては自殺行為にほかならない。これでは「人材育成」に対する問題意識がないと断ぜられても致し方ないだろう。「人材育成」はあらゆる面からの人間への「投資」であると私たちはまず認めることから考えるべきである。

可児市文化創造センターalaは、全職員が継続雇用である。その前提で、はじめて「人材育成」が長期的な展望で可能になっている。すでに二人の職員が英国・ウエストヨークシャ―プレイハウス(WYP)での留学研修を終えているし、来年度から発効するWYPとの国際提携契約での「相互人事交流」でも、毎年最低1名は、英国の舞台芸術の風土と地域劇場の経営手法のノウハウを見聞し、学んで帰ってくることになる。また、館長就任時に雇用環境を整えたことで、3年後、8年後、15年後までの人事構想がすでに描かれて経営の持続・継続性が担保されるようになったこともアーラの強みである。あらゆる面での「投資」が確実に成果として集積する環境を整えてこその「人材育成」であり、どのような人材を養成するかの目的をしっかり定めてこその「人材育成」であることを、私たちは忘れてはならない。






このページの上部へ