連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第四十九回 観客は何処にいる?

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

日本劇団協議会の機関誌『JOIN』に、表題と同様のタイトルの、谷村篤氏(パルコ劇場)、仲村和生氏(演劇集団キャラメルボックス)、三好佐智子氏(有限会社quinada)、矢部修治氏(文学座)の各氏と、進行役として伊藤達哉氏(ゴーチ・ブラザーズ)という、近い将来演劇界を担うと期待される若手中堅の制作者ばかりという顔ぶれの座談会が掲載されていて、副題に「いまどきのマーケティング戦略」とあり、非常におもしろく読ませてもらった。東京では演劇の観客が減少しているということで、それをどのように乗り越えて、「新しい観客」とどのようなマーケティング手法を駆使して出会おうとしているのかが様々に語られていて一気に読んだ。私がアーラでやっているマーケティングの考え方に非常に近く共感できる意見もあり、また一方では従来からの「観客動員」や「集客」をまだ引きずっているなぁ、と感じられる発言があったりして、東京の演劇界や劇場の「現在」が、まさしくある地点に向かいながらも過渡期であることが透けて見える内容で興味深く読んだ。

「過渡期」と言えば、学問としてのアーツマーケティングもまた、私は現在に至っても長い過渡期にあると思っている。私が学問としての「マーケティング」を勉強し始めたのは40代も半ばに差し掛かった頃で、およそ四半世紀前。その時にはもうすでにセオドア・レビットやフィリップ・コトラーら「マーケティングの巨人」による優れた業績論文があり、またドン・ペパーズやマーシャ・ロジャースの「ONE to ONE」という、彼等が執筆した当時はまだ普及していなかったインターネットをコミュニケーションツールとして活用する、ほとんど「未来学」とでも言えるようなマーケティング概念でさえ90年代には邦訳され、普及していた。しかし、私が当時提唱していた、マーケティングとは学際的な概念であり、まさしくコミュニケーションであり「関係づくり」そのものである、という考え方はなかなか受け入れられることはなかった。

むろんそれは私が若輩者であることもあったのだが、私はその一方で、たとえばジョン・スポールストラの『エスキモーに氷を売る』をはじめとする、現場から発せられたスポーツマーケティングの研究や報告を前掲の巨人たちの論文をベースにして劇場経営にトランスレートして、劇場ホールの現場で求められる「創客手法」を自分なりに設計する試みをしていた。なぜ学問としての「アーツマーケティング」が過渡期なのかと言えば、ほとんどと言って良いほど現場に当たるというフィールドワークがなされておらず、研究室で資料の山に埋もれて机の上で組み立てられた「論考」でしかないからだ。「現場」にしてみれば、何のヒントにもならないし、役に立たない空中闊歩的なことを長々と述べているに過ぎないからである。

その意味でも、機関誌『JOIN』の座談会は、現場で鑑賞者開発に汗を流している制作スタッフならではの悩みと、それを各人各様に突破しようとする思案と工夫が述べられていて、他の多くの同業者もきっと共感し、また思考回路のヒントにもなるし、その詳細も理解できる秀逸な読み物になっていると思えた。私は読んですぐにマーケティングを所轄する顧客コミュニケーション室と事業制作課の係長に読んでみるように指示をした。さらには、コピーを取って全職員に配布するようにも要請した。

言うまでもなく、上演される舞台は水準以上のものであることが大前提であるが、私は鑑賞者開発という「創客」の作法は、作品や舞台を「売る」という意識ではなくて、劇場や劇団を「ブランディングする」という意志がすべてのマーケティング活動の中に仕掛けられていなければならない、と思っている。当然のことながら、作品の品質にばらつきがあってはいけない。これが大原則であり、大前提でもあり、しかも大難題である。したがって、作家の書いた作品にいかに制作者がコミットするかが問われる。これもアーツマネジメントの重要なファクターのひとつである。演劇に関係するようになって50年近くが経つが、これまでも刮目に値する演劇作家は何人も登場したし、またその現場に立ち会いもしたが、注目されるのとほとんど同時に劇作依頼が激増して、その才能が「消費」されてしまう。そのように才能が消費されるプロセスを両手では数え切れないほど私は見てきた。

むろん、そこには、評価された一本の新作では数年にわたって生活が決してできない日本の「特殊事情」がある。かつて私は30歳代の頃に『再演こそ日本のロングランシステム』という文章を演劇雑誌に書いたが、日本に欧米のようにロングランをするシステムがないせいもあるが、せめても再演を繰り返せれば「特殊事情」の幾分かは解消に向かうと思うのだが、何よりも壁になるのが頑迷な「新作主義」である。再演はマスメディアのプレビューにも劇評などにも絶対と言って良いほど取り上げられない。いきおい劇作家は「新作」を書き続けるしかない。「シーシュポスの神話」という罠である。そうして多くの才能が「消費」されてきたのである。私はその「罠にはまった才能」を嫌と言うほど見てきた。80年代の「小劇場ブーム」を担った演劇作家で、90年代にも一躍注目され、「演劇史」に残り、現在でも第一線で創作活動をして活躍している才能が何人いるのか、数えてみてほしい。

座談会の半ばで、三好氏が「ダメなものはやっちゃダメ」と発言しているのだが、この短い言葉こそがマーケティングの鉄則であり、まさしく「マーケティング」そのものを言い当てた片言隻句と言って良い、と私は思っている。舞台芸術のチケットを購入するということは、劇場や劇団から「素晴らしい体験を保障します」という「誓約」を、決して安くはない金額を払って買っているということを意味している。むろんそこには、サービス業の商品特性である「認識の困難性」と「情報の非対称性」があり、「観てみなけりゃわからねぇ」なのである。しかしながら、その「誓約」を決して裏切ってはならないのである。それが私たちマネジメントサイドの責務である。マーケティングの大原則である。舞台芸術のチケットには、コンピュータや自動車のように実際に操作して購入の意志決定のできない非物質生産物=無形性という逃れようのない特性がある。したがって、「誓約」を裏切ることは、すなわち「失望と離反」につながるのである。観客を失うことを意味するのである。観客というものは、私たちが思っているほどは寛容ではない。

行動経済学の知見には、人間は「損失回避性」を持っている、という考えがある。実証研究では利得と損失の金額を同額とすると、人間は損失のほうを2倍から2.5倍にも評価するとされている。損失の方を非常に大きく感じるのである。「アベノミクス」による好景気と言われながらも、実質所得の目減りが3%を超えるような経済的外部環境と所得格差の定着化の下では、損失を感じる可能性のあるものは極力回避しようとする。しかも、その損失を2倍から2.5倍に評価するなら、不確実なものに手を出すのを控えようと思うのは当然な行動である。演劇の観客が少なくなるのには、「認識の困難性」と「情報の非対称性」から生じる時代的経済的必然性があるのだ。だから「ジャニーズ」になってしまうのである。そういう企画とキャスティングにすれば「認識の困難性」と「情報の非対称性」の幾ばくかは回避できるからである。しかし、三好氏は「私は芸能人重視で、安易な企画に頼り続ける劇場には未来がない」と言い切っている。賛成である。

ともかくも、品質の高い、水準以上の作品と舞台をやり続ける以外に、観客の劇場からの離脱を防ぐ特効薬はないのである。私どもアーラが、毎年滞在型で自主製作して可児と東京と全国を公演しているala Collectionシリーズは、10年以上前に上演されて評価の定まった作品を毎回取り上げてリメイクしている。それは「認識の困難性」と「情報の非対称性」をいくらかでも回避しようとするリスクマネジメントが根拠となっている。アーラ・コレクションは、毎年、10万都市の可児で8回公演1600~1700人を超える観客を集めている。また、地域拠点契約を結んでいる劇団文学座公演の2ステージはソールドアウトを6年間続けている。いわゆるスターやタレントと言われる「芸能人」は出ていないのに、である。近年では一般発売時にはパッケージチケット等で売れすぎて空席が少なくなってしまう。そこで、来年度の公演からは3ステージにすることを劇団文学座と合意している。また、演劇を年4本見る「演劇まるかじり」というパッケージチケットは今年度260パッケージの売上という数字を出している。着任時は演劇客の極端に少なかった可児でも、良質の作品をやり続ければ「創客」と「継続客」は必ずできる、という見本である。むろん、文学座でやるものは何でも受け入れる、というマネジメントはしていない。しかし、「文学座」というブランドを市民が認知してきていることは間違いない。

司会進行役の伊藤氏が、文化庁の在外派遣でロンドンに滞在した折の感想を「文化としての根づき方、社会からの演劇に対する需要の度合いが圧倒的に違いますね」と述べている。中村氏と谷村氏も英国と日本との「土壌」の違いに同意している。確かに日本とは大きな差異がある。彼らの経験しているロンドンでは観光客や地方からの客も多いのだが、地域劇場に行ってみると、その「根づき方」、加えて演劇人や劇場人への社会からのリスペクトの度合いがもっとはっきりと、手に取るように実感できる。ひるがえって、しかしそれは、日本が元来、文化の根付かない国民性をもっているという訳では決してない、と私は考えている。そうなのではなく、英国でも長い時間をかけてコツコツと培ってきた結果の成果であり、彼らの活動の長年の集積として獲得した「社会性」なのである。日本もかつては高所得の江戸市民は歌舞伎を、庶民は町内に一軒はあったと言われる寄席で同じ狂言の芝居噺を聞き、歌舞伎ネタの洒落を、一種の「教養」として飛ばしていた時代があるのだ。戦後すぐに演劇が興隆した時代もあるにはあったが、しかしそれを担ったのは民間の劇団であって、劇団は芸術的使命を唯一の結集軸で集まった集団であり、当時はいま要請されているような社会的使命は持ち合わしていなかった。しかし、公的な補助制度も整っていない当時の劇団にそれを求めるのは酷というものである。

しかし、90年代に入ってからようやく劇団文学座や青年団、劇団離風霊船、転形劇場、MODE等が各地でワークショップを始めることになる。早い時期は、いわゆる市民参加の演劇体験型や学校教育型がほとんどであったが、2010年代には、これも「ようやく」にして福祉や保健医療、多文化共生へと「社会性」のウイングを広げることになる。そういった活動をマーケティングの中に位置づけて「ブランディングの推進」と、来館者開発と鑑賞者開発に結び付けるコーズ・リレイテッド・マーケティング=社会貢献型マーケティングを実践的に行ったのが現在のアーラの成果である。このコーズ・リレイテッド・マーケティング(CRM)手法は、80年代初頭にアメリカンエクスプレス・カードが「サンフランシスコ地区の芸術支援」に引き続き「自由の女神修繕キャンペーン」を行い、大きな成果を上げて編み出されたものと言われている。私が97年に上梓した『芸術文化行政と地域社会』の中でも社会貢献型マーケティングを「創客」という概念で提唱しているが、本格的にその理論構築を始めたのは県立宮城大学・大学院で教員になってからである。

つまり、私たちは、現在の劇場や劇団の持っている人材や技術や能力の社会化を果敢に図ることで、英国のように、演劇人や劇場人が社会からリスペクトされる可能性だけは手にしているのだ。そのことに私たちは自覚的になるべきである。長い時間はかかるだろうが、その可能性を、私たちの演劇界、劇場界の将来へのグランドデザインとして持つべきである。いま私たち演劇関係者や劇場関係者は、長い空白であった「時間」を取り戻そうと走り始めている。その失ってしまった「時間」という不在の中に埋められていたファクターのひとつが「マーケティング=関係づくり」志向という意識であり、それに関わる演劇や劇場が本来的に持っている社会性とその裏付けとなるコミュニケーションという社会的技術なのである。私たちは、その不在の「時間」を取り戻すための作業にただちに取り掛からなければならない。そして、その作業を加速させなければならない。私たちの使命を引き継ぐことになる次々世代の「まだ見ぬ未来の演劇人や劇場人」のために、道は拓いておかなければならない。座談会を再度読み返してみて、若い制作者の可能性と、演劇が将来の社会に根付くことになるだろうとの期待を私は強く感じた。


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